ゴミ収集車を追え!2020年06月23日 20:52


ペンと印鑑入れ

幼なじみの絵里ちゃんのお父さんは、とっても素敵な画家さんでした。
四部作のリーヴの父親が画家なのは、そんな憧れから来ているのかなって、
前にこのブログでも紹介しましたっけ。
これは去年の2月、そんな絵里ちゃんに起こったお話です。

ある日、絵里ちゃんは、バッグの中の埃を払おうと、財布などを出してから、
ゴミ箱の上でバッグを逆さにして、底をパンパンと叩きました。
なにか落ちなかったよね? 一応、ゴミ箱の中をちらっと見て確認。
よし、OK。

その翌日。ゴミの収集日。
絵里ちゃんは、朝ゴミ出しをしてから、仕事に向かいました。
車を運転しながら、突然、「あれ?」
なにか妙な予感がします。
もしかして、バッグのポケットに、実印を入れてなかったっけ?
それ、パンパンってはたいたとき、まさか落ちなかったよね?

信号で停まったとき、急いでバッグを確かめました。
あろうことか。ちゃんとしめていたはずのバッグのポケットが全開に!
実印を持ち出すときには、ママからもらった印鑑入れに入れて
そのポケットに入れていたのに…。

その瞬間、絵里ちゃんには、バッグのポケットから音もなく落ちる
ママの印鑑入れの映像が見えたそうです。
小さいから、ゴミとゴミのすきまにするっと入っちゃったんだ。
だから、確かめた時に、見えなかったんだ。

ガ〜ン!
急いで引き返しましたが、すでにゴミは回収されていました。
念のため(そして、はかない期待をいだきつつ)、
印鑑を入れている引き出しを見たけれど、ありません。
やはり、ゴミに出してしまったのです。
市の収集所に行ってしまったら、それこそ大変!

絵里ちゃんは、すぐにゴミ収集車を追いかけました。
夢中で運転して、ついに追いつき、ゴミを回収しているおじさんに、
事情を話し、自分の家のゴミ袋を探していいですかと伝えました。

でも、ゴミ収集車って、回転しながらゴミを集めているし、
中を探すの、大変です。聞かれたおじさんは、こたえました。
「いまこの中から探すのは無理だなぁ。ゴミ収集所までついておいで」

ずっとあとをついていって、車を停めると、
おじさんは、市の収集所の入り口で待っていてくれたそうです。
「こっちにおいで」
ほかの車のゴミと一緒になると、わからなくなるからと、
おじさんは、ゴミ収集車に積んでいたゴミを、
同じ収集車に乗っていたほかの男性たちと三人で、
だだっ広い部屋に、ダーッとすべてあけてくれたそうです。

「知ってた? ゴミ収集車には、ものすごい量のゴミが入るんだよ」
わたしにこの話をしてくれたとき、絵里ちゃんは言いました。
それはそれは、恐ろしいほどの大量のゴミだったそうです。

しかも、ゴミ袋はもう、半分ぐらいはビリビリに破れ、ゴミが飛び出して
しまっています。
その中から印鑑を探すのは、それこそ、干し草の中から針を探すようなもの。
なにしろ、絵里ちゃんの印鑑入れは、上の写真ぐらいの大きさ。
(ちなみに、写真は、わたしの印鑑入れと、プリントアウトした原稿に
赤を入れる時に愛用しているボールペン。)

それでも、おじさんに、赤と黒の格子模様の印鑑入れだと伝えると、
ほかの二人とともに、さっそくその中を探してくれたそうです。
もちろん、絵里ちゃんも探しました。
いつのまにか、話を聞きつけたほかの人たちも来てくれて
全部で20名ほどの男性が、ゴミの山の中で一生懸命探してくれたそうです。

1時間が経過し、さらに30分が過ぎました。
すごい臭いのなか、頭からブーツまで、ドロドロになっても、
印鑑入れは見つかりません。
実は、印鑑入れには、絵里ちゃんのものだけでなく、ご主人の実印も
入っていて、それで、必死に探したのだそうです。

「燃えるゴミに出しちゃいけないゴミもいっぱいあったよ。
木切れもいっぱいあって、怪我しそうだったよ」
絵里ちゃんは言いました。
「なのに、みんな文句のひとつも言わずに、一緒に探してくれたんだよ。
本当にありがたくて泣きそうだったよ。だから、あきらめたの。
こんなにしてもらって、充分だって。もう出てこなくてもいいって」

そして絵里ちゃんが、「もういいです」と言ったそのとき、
最初に聞いてくれたおじさんの手が、高々と上がりました。
「あった!」

絵里ちゃんは、まさか、と思ったそうです。
でも、おじさんの手には確かに、赤と黒の格子模様の印鑑入れが!

奇跡だと思ったと、絵里ちゃんは言いました。
あんな中で、あの小さな印鑑入れが見つかったのは、ほんとに奇跡だと。
死んだママが助けてくれたのかなって思った、とも言っていました。
でもなによりも、2時間近く探してくれたみんなの優しさに、
胸を打たれたそうです。

おじさんたちは、絵里ちゃんに、感染症になる恐れもあるから、
ちゃんと消毒をして帰ってね、と言ってくれたそうです。
そして、絵里ちゃんが消毒を済ませ、みんなに御礼を言おうとしたときには
昼食にいってしまって、いなかったそうです。

全員にお礼が言いたくて、あとでお菓子を届けたときも
一人しかおられなくて、その方にしか伝えられなかったとのことですが、
それ以来、ゴミ収集車を見ると、頭をさげているそうです。

話を聞いて、わたしも、本当に心を揺さぶられました。
絵里ちゃんが住んでいるのは、関西のとある街ですが、
清掃員の方たちは、名古屋でも、実家の岐阜でも、てきぱきと働いて、
ゴミを回収したあとも、ささっと掃除をしてきれいにして、すごいです。
わたしたちの生活は、そういう方たちに支えられているのですよね。
感謝の気持でいっぱいになります。

絵里ちゃんはそれ以来、ご主人の実印はご主人にしまってもらい、
自分の実印も、ちゃんと家に大切に置いてあるそうです。
そんな彼女からのメッセージ。
「みなさん、くれぐれも印鑑は大切に」

(絵里ちゃん、ブログに載せていいよと言ってくれて、ありがとう。
タイトルの「ゴミ収集車を追え!」は、トム・クランシーの小説
「レッド・オクトーバーを追え!」をもじりました。
ショーン・コネリー主演で映画化もされています。小説も映画も大好きです。
レッド・オクトーバーは、ゴミ収集車ではなく、潜水艦なのですが。)

コメント

_ リア ― 2020年06月28日 07:35

心温まる良いお話を有難うございました。素晴らしい方達ですね。(こんな事、きっと日本でしかありえないですね)

_ fumiko ― 2020年06月28日 10:43

リアさま

コメントありがとうございます。
絵里ちゃんは、みんな輝いてヒーローに見えた、と言っていました(*^_^*)

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