あけましておめでとうございます2019年01月01日 15:24


2019年元旦〜
 
 あけましておめでとうございます。
 元旦の今朝、名古屋の空はきれいに晴れました。上の写真は午前7時。 
 そして、下は、7時過ぎの初日の出。
 寒い朝でしたが、太陽が昇ったとたんにあたたかな光が射してきました。

2019年名古屋地方の初日の出

 今年は1年かけてユリディケの連載をしていこうと思っています。
 Webサイトも少しずつ充実させていきますので、どうぞよろしくお願いします。

 2019年が、今日の夜明けのように、おだやかで平和な年となりますように。
 そして、みなさまにとって、幸多き1年となりますように。

はじめまして2018年10月26日 21:36

〈サラファーンの星〉四部作は、長い長いあいだ書き綴ってきた物語です。どきどきはらはらしながら、登場人物たちの行く末を見守ってきた者として、本には書き切れなかった創作過程のエピソードをシェアできたらと思って、ブログを始めました。
 ここでは、物語を紡いでいった過程や、現在進めているWebサイトの制作裏話、また、そもそもの始まりとなったデビュー作『ユリディケ』のことや、そのほかの短編や詩、時には子ども時代の思い出なども、お話しするかもしれません。なぜなら、どんなささいなことも、わたしを創作の道へと導いてくれたような気がするからです。たとえば、敬愛する作家トールキンとの出逢いがなければ、この物語は生まれなかったでしょう(写真はニュージーランドにホビットの映画のセットを訪ねたときの一枚です)。
 でも、まずは、簡単な自己紹介から始めるのがふさわしいですね。

 はじめまして。遠藤文子と申します。岐阜県の大垣市で生まれました。
 幼いころの家は、たんぼと広々とした草地に囲まれた一軒家でした。春になると、たんぼには、れんげの花が咲き乱れ、あたり一面、絨毯を敷きつめたように濃いピンクに染まります。そのれんげ畑の向こうには、雪を戴いた伊吹山がそびえていました。小学校の校歌に「西にそびえる伊吹山 東に長い揖斐の川」と歌われていますが、一面のれんげの花と白く輝く伊吹山は、わたしの原風景です。

 いまもそうなのですが、わたしはぼんやりしていることの多い子どもでした。風に揺れる庭の木々や、芝生の上に飛び交う蝶や、空を渡る真っ白な雲を眺めていると、すっかり心を奪われて、時間のたつのを忘れてしまうのです。
 お菓子のおまけだったでしょうか、おもちゃのダイヤモンドに太陽をあてて、虹のような光がきらきらと躍るのを見るのが好きで、角度を変えては、縁側や窓辺に、飽かずに映していたものです。祖父母の家の庭で、祖父母や犬のダンとジョーと過ごすのも好きでしたし、祖母や母の語る物語を聞くのも、本を読むのも好きでした。

 創作との出逢いは、小学校の三年のときです。先生がクラスで詩集を作ろうといいだして、生徒ひとりひとりが詩を書いたのです。中学生になると、親しくなった女の子が小説を書いていて、私もまねごとを始めました。高校一年のときには、国語の宿題に原稿用紙八十枚の小説を書く課題が出ました。書くことはいつも楽しかったです。

 けれども、大学に進学すると、運動音痴だというのに、うっかり体育会のアーチェリー部に入ってしまい、部活と授業でいっぱいいっぱいになってしまいました。それでも、心にはいつも創作への思いがあって、四年生の春に部を引退したあと、児童心理のゼミの卒論に、双子の子どもが主人公の物語を書きました。

 初めて本が世に出たのは二十代の終わり、1989年のことです。広告代理店勤務を経て執筆した作品で、理論社から刊行されました。それが、〈サラファーンの星〉四部作の二千年後の物語『ユリディケ〜時をこえた旅人たちの物語』です。『ユリディケ』を書き終えてすぐ、その前日譚にあたる〈サラファーンの星〉シリーズを書き始めましたが、第二部の途中で筆をおいていました。

 その後、詩画集『星たちの祈り』(画家きたのじゅんこさんとのコラボレーション・小学館)とコメディ『ママはシングル』(理論社)を出したあと、私的な事情で長編の創作は休んでいましたが、2007年に〈サラファーンの星〉の執筆を再開、ようやく書き終えました。

 現在は、実家の岐阜と名古屋の住まいを往復していますが、れんげ畑と雪を戴く伊吹山は、わたしの原風景で、サラファーンの物語では、丘を染めるローレアの花と、白銀に輝くウォロー山脈にそのイメージを重ねています。アーチェリー部での経験も物語に生かされています。主人公たちが馬に乗って森を駆けるのは、幼いころからの憧れです。音楽への想いも同じ。宇宙は光と闇と音楽でできているのかな、と思ったりしています。