『行け我が想いよ黄金の翼に乗って』イタリアへの祈り2020年03月16日 14:51


スペイン階段2008年 photo by fumiko

イタリアで、コロナウイルスの感染拡大が止まりません。
15日には、死者が368人増えて、1809人に。感染者は2万5千人に迫りました。
今日はさらに増えていると思います。

イタリアは大好きな国の一つ。最近では2008年にローマとベネチアを訪れました。
こちらは、そのときの写真。朝の、まだ観光客で埋め尽くされる前のスペイン階段です。
この近くのホテルに泊まり、毎朝散策しました。

最初に訪れたのは、デビュー作『ユリディケ』の印税で、5週間ヨーロッパを貧乏旅行
したときです。小さなスーツケースひとつ。安ホテルや、友だちの家に泊めてもらったの
ですが、イタリアでは、ミラノに近い故郷に帰省していたイタリア人の友だちを訪ね、
彼の家に滞在しました。
マッジョーレ湖のすぐそばの自然の美しい街です。
彼のお母さんやお姉さん、そのほか、たくさんの親せきの人たちにも会い、彼らの家も
訪ねて、家族のように受け入れてもらい、素晴らしい時間を過ごしました。

そのマッジョーレ湖は、コロナウイルスの感染が最も深刻な地域にあります。
友だちによると、いまのところ家族や親せきはだいじょうぶだけれど、
イタリアでは、病院も足りず、重症者を救う医療機器も足りず、本当に
悲劇的な状況だとのことです。
あのやさしい人たちや、旅の途上であった、イタリアの人たちの顔が、ひとりひとり
浮かびます。

悲しいニュースのなか、イタリアの街の窓辺やバルコニーで、人々が互いを励ますために
歌を歌っているとのニュースには、心揺さぶられました。

国家やオペラが歌われているとのことです。
いつだったか、サントリーホールで、イタリアで国歌と同じように愛されている歌
『行けわが想いよ 黄金の翼に乗って』を聴いたことを思い出します。
アッシジの合唱団だったと思います。

オペラ「ナブッコ」の中で、故郷をしのび、
預言者の黄金の竪琴よ、美しい響きを奏でて、苦しみに耐える力をあたえてと
願い祈る歌です。
苦難のときを耐えるイタリアに、美しい響きが降り注ぎますように。
明るく陽気な、そして、美しい景色や芸術にあふれるかの国が、ふたたび力を
取り戻しますように。

友だちは、イタリアと、世界のために祈ってくださいといいました。
どうか、ひとりでも多くの人が助かって、ひとりでも感染者が少なくて、
一日も早く、ワクチンや治療法ができて、それが行き渡りますようにと祈り続けています。

イエスタデイ〜生きていることの愛おしさ2019年12月24日 09:48

「イエスタデイ」を観てきました。
売れないミュージシャンのジャックが、交通事故に遭って目を覚ますと、
誰もビートルズを知らない世界になっていた!という奇想天外なお話。
(驚いたジャックがネットでググると、ビートルズ=昆虫 と出てくるんです。)

夢をあきらめかけていたジャックは、一生に一度のチャンスと、飛びつきます。
誰も知らないなら、パクっちゃおう!
そこからジャックの人生はジェットコースターのように動き始め、
「イエスタデイ」を始め「レット・イット・ビー」「ゲットバック」など
数々のビートルズナンバーをヒットさせます。

ジャックの才能に惚れ込み、自分の前座を頼むミュージシャンとして、
エド・シーランが本人役で出演。
とっても自然で素敵な演技を披露しています。

けれど、ジャックは純粋に音楽が大好きなやさしい青年。
つねに後ろめたを感じ、巨大マネーと結びついた音楽業界に違和感を覚えます。
幼なじみでマネージャーだったエリーも離れてしまい……。
さて、どうする、ジャック!?

終盤近く、ビートルズファンには、至福の、そしてその幸せと同じくらい切ない
特別なシーンが用意されています。
ここに、作り手がこの作品に込めた思いが凝縮されているともいえる、
美しいシーンです。

わたしは1960年生まれ。
子ども時代、まわりにはビートルズの音楽があふれていました。
レコード(当時はCDはありません)を聴き始めたのは、解散したあとだったけど
「イエスタデイ」は特にメロディアスで大好きで、
中学一年の音楽の授業で、グループ発表の課題に選びました。わたしはピアノ
担当で、心を込めて演奏したのを覚えています。

ジョン・レノン暗殺のニュースは、衝撃でした。わたしは大学生。
その日はほとんどなにも手につきませんでした。
愛と平和を歌うミュージシャンが、主夫から再出発をした矢先に殺されて
しまうなんて…。
でも、ジョン・レノンの歌は永遠です。そして、ビートルズの歌も。

「イエスタデイ」は、ビートルズの曲のメロディの美しさ、
シンプルで心にまっすぐ入ってくる歌の力を改めて感じさせてくれる映画です。
そして、なにげない日常のかけがえのなさ、生きることの愛おしさを
伝えてくれる作品です。

馬とハープとアーチェリー2019年05月16日 23:57

子どものころから、馬とハープとアーチェリーに、ずっと憧れていました。

高校の部活の中には、馬術部とアーチェリー部、そして、アイリッシュハープのクラブが

ありました。

憧れていたグランドハープではないものの、ハープはハープです♬

見学したり、先輩の話を聞いたりして、その三つの中から選ぶことにしました。

 

まずはアーチェリー部。

面白そうでしたが、「練習は、お昼休みね」と言われたとたんに、あ、だめだと退散。

お昼休みは、ごはんを食べる時間です。絶対に譲れません。

 

続いてアイリッシュハープ部。

素敵なお姉さんたちが、美しい音色を奏でています。弾く姿もとっても優雅。

わたしも弦をつま弾かせてもらいました。わあ、なんて固いのでしょう。

ちょっと弾いただけで、指が痛くなってしまいました。

根性のない私には、とても無理です。

 

最後に馬術部。活動は大学と一緒で、早朝から馬場に行きます。

馬は可愛いけど、全体的にとっても厳しそう。やっぱり根性なしには無理そうでした。

 

困ったなと思って、なにげなく通りかかったのがコンピューターのブースの前。

簡単だよ、楽しいよ、との呼びかけに、うっかり入ってしまい、

プログラミングなどさっぱりわからず、さぼってばかりの幽霊部員に。


その後、大学でアーチェリー部に入り、やっと夢がひとつ叶ったのでした。

 

馬への思いも断ちがたく、卒業旅行でニュージーランドに行ったとき、

農場に泊まって、その農家の馬に乗せてもらったのが始まりで、

旅先で乗馬できる機会があると、乗りました。

物語の中で、馬を思いきり駆るシーンは、私の憧れそのものです。

 

ハープに関しては、こんな夢を見ました。

海辺の崖で、長いローブ姿の女性たちが、ハープで美しい調べを奏でているのです。

作中にはそういう描写は入れていませんが、その夢は、ランゲフニーの海辺で

海の民の乙女たちが、ハープに似た楽器を奏でているシーンに結びつきました。

ボヘミアン・ラプソディ2018年11月24日 11:47

『ボヘミアン・ラプソディ』を観ました。心がふるえました。

でも、この映画のお話をする前に、少し創作と音楽のお話を……。


音楽は、わたしの物語にとって、とても大切な要素です。特に〈サラファーンの星〉四部作では、影の主役ともいえるほどで、作品全体に大きく関わってきます。


主人公のひとりが音楽家の少年であることも、ごく初期の段階から決まっていました。

その少年ジョサが奏でるのはフレシートという鍵盤楽器。グランドピアノとチェンバロをイメージして描きました。

天賦の才に恵まれたジョサのイメージはモーツァルトやショパンに近いです。

また、少女たちが、ジョサの演奏を聴いて、騒いだり憧れたりするのは(そうしたシーンはほとんど出できませんが)、現代だったら、もしかして、ロックスターのような立場が近いのかな、と思ったりします。


音楽は、わたしの人生にとっても、なくてはならないもの。

子どものころは、ピアノを習っていました。いまでも一番好きな楽器はピアノです。その澄んだ音色は、星降るような空の下、その星々を映す湖を思わせて、心がどこまでも広がりそうな気がします。


時間が自由になった学生時代から二十代のころは、クラシックからロックまで、コンサートによく足を運びました。

1979年に行ったクイーンの武道館公演は、とりわけ印象に残っています。


わたしは大学生で、体育会の洋弓部に所属し、コンサートの日も、広い大学の敷地のまむし谷という谷を上がった、小高い丘にある射場で練習していました。

コンサートには同じクラブの同期生と行くことにしていましたが、ふたりとも気もそぞろ。頭にあるのは、間に合うだろうか? ということだけ。

体育会は厳しく、早退するわけにいきません。コンサートに行くから帰りますなんていおうものなら、学年全部で正座かランニングさせられること間違いなし。

そんなわけで、練習が終わるやいなや、友だちと丘を駆け下り、クラブハウスで目にもとまらぬ早業で着替え、まむし谷から長い石段を駆け上がり、駅への道をひた走り、電車を乗り継いで会場に駆けつけました。


武道館に飛び込むなり、聞こえてきたのは「バイシクル・レース」! そのころMTVで何度も流れていた曲です。

もう数曲目だったようですが、それでもまだたっぷり時間は残っていて、本当にうれしかったです。

やがて、グランドピアノの前に座ったフレディだけが、青いライトで浮かび上がり、澄んだピアノの音が流れて、「ボヘミアン・ラプソディ」が流れました。

美しい歌声、切ない旋律……。言葉ではいえないほど、心がふるえ、魂が揺さぶられました。


映画『ボヘミアン・ラプソディ』にも、本当に魂を揺さぶられました。

バンド誕生からライブエイドまで、フレディを中心に、若いメンバーの心情も丁寧に描かれ、青春映画としても秀逸で、俳優たちも素晴らしく(みんな似ていたのですが、特にブライアン・メイはブライアンその人にしか見えない!)最後のウェンブリーでのステージは圧巻としかいいようがありません。

まさに目の前で、クイーンの演奏を聴いているようでした。

大スターであったフレディの孤独も、切々と胸にせまってくる作品でした。唯一無二。稀代のロックスター。あんな存在はもう現れないだろうなぁとしみじみ思います。


映画はもちろん、遅刻しないで冒頭から観ることができました。

これから行かれる方は、20世紀フォックスのオープニングロゴタイトルもお見逃し(お聞き逃し)なく。

鳴り響くおなじみのファンファーレは、ブライアン・メイとロジャー・テイラーによるクイーンヴァージョンです!