『石と星の夜』~スパイたちの悲しみ2020年02月19日 17:14


『石と星の夜』イラスト鈴木康士 デザイン吉永和哉+WONDER WORKZ。 

今日は、『石と星の夜』の裏話を。

四部作はそれぞれ個性をもたせたかったのですが、
この第二巻は、中でも、少し変わり種かもしれません。

夏の終りから秋にかけて、ほんの二か月弱のあいだの物語で、
情報機関〈イリュリア〉内部の裏切り者を追う諜報員たちの話と、
サンザシ館の人々の話が交互に語られる構成になっています。

ロンドロンドが、リーヴェイン王室の諜報員になることで、
サンザシ館も、諜報の世界と間接的につながりを持つことになりますが、
ロンドロンドの表向きの仕事は通信員。
彼が極秘の任務についていることは、誰も気がついていません。

タイトル『石と星の夜』は、世界を滅ぼしかねない兵器が
生まれるきっかけとなった、星降る冬の夜をさしています。
ロンドロンドの同僚が、彼にそのことを話すセリフ

「すべてはある冬の夜ーー〈石と星の夜〉に始まった」

からきています。
(本の帯も、ここからほとんどそのままとってもらえて嬉しかったです。)

20代の後半、スパイものの小説をけっこう読んだ時期があって
中でも好きだったのが、ジョン・ル・カレの作品でした。
「寒い国から帰ってきたスパイ」を読んで、
その静謐で、冷徹で、悲哀に満ちたスパイたちの世界に、衝撃を受けました。
国や理念、組織のために、それぞれ、自分を犠牲にせざるをえない宿命や
それでも、愛するものを守ろうとする思い。その葛藤……。
読み終えて、何日も、心から離れませんでした。

ル・カレは、MI6(英国秘密情報部)の一員で、その経験をもとにスパイ小説を
たくさん書いています。
007もMI6という設定ですよね!(こちらの作者、イアン・フレミングは
英国海軍情報部に所属していました。)

何人かのスパイものを読んだ中で、ル・カレがダントツに好きでした。
どれもスパイの悲哀を描いて、深い余韻を残す物語。
(ル・カレの作品をすべて読んでいるわけではないし、
あまり偉そうなことは言えませんが。)

映画化されたル・カレ作品も多いです。
『ティンカー・テイラー・ソルジャー・スパイ』は、主演のひとりが
BBCの『シャーロック』でシャーロックを演じたB・カンバーバッチでした。
邦題は『裏切りのサーカス』。
『ロシア・ハウス』と『ナイロビの蜂』も心に残っています。

『石と星の夜』は、ル・カレにオマージュを捧げる、という思いで、
せいいっぱいの敬意を込めて書きました。

物語に登場する情報機関の中で、中心となるのは、
アトーリス王室情報部〈イリュリア〉。
王に忠誠を誓った精鋭たちで構成され、700年の歴史を持つ情報機関です。

ヴェルゼン長官は、思い切り渋くてかっこいいボスを想像しながら描きました。
暗殺事件の特捜班を率いるチーフも、長身で美男のリーダー。
愛する妻子を失った暗い過去を持つ、悲しい瞳が印象的な男です。
そのほか、ステラン、パーセロー、ミコルトが中心メンバーで、
それぞれのイメージが浮かんだあとは、この〈イリュリア)の男たちは、
作者孝行者というか、手がかからないキャラで
どんどん動いて物語を導いてくれました。

ただひとつ困ったのが、ものすごく長くなったこと。
勝手に動き回るものだから、そういう事態も起こります。

編集の小林さんからは、長くなると全体のバランスが悪くなるし、
本の値段も上がってしまうからと、短くするようアドバイスを受けました。
最初、字を小さくして1ページの行数を増やす、という方法を勧められたのですが
(それだけでは、もちろん、不十分なのですけれど、まずはそうしてみたら?と)
一巻でも字が小さいと感じていたのに、あれ以上小さくなったら、
本当に読みづらくなってしまいます。
それだけは避けたいと思いました。

ただ、膨大な量をカットしなければなりません。主に次の2つの方法で乗り切りました。

1:情景描写をカット。
まるまるカットする場合もあれば、行単位、あるいは、単語単位でカットする場合あり。

2:陰謀の伏線など必要な部分を最低限残し、なくてもわかるシーンはすべてカット。
たとえば、パーセローがラシルを探すシーンなどは、大幅にカットしました。
彼、実際は、ある村で若い女性に後ろから棍棒で殴られて気を失ったりなど
もっと苦労していたんです。
同じくパーセローの波止場での聞き込みシーンもカット。
タリス港名物、焼きサバのサンドイッチを、屋台で買って食べるところがあって、
焼きサバ寿司が好きなわたしとしては、入れたかったのでした。

そうして、初稿の三分の一近くをカットして、ようやく2巻が完成したのでした。
膨大な量でしたので、本当に大変でしたが、今は短くしてよかったと思っています。
(実は、4巻ではもっと苦労をしてカットすることになるのですが、当時のわたしが
そのことを知らなかったのは、幸いでした!)

2巻では一つの事件はそれなりの決着を見せつつも、さらなる謎を残すことになり、
悲しい宿命を背負ったスパイたちの物語は、続いていきます。

初雪!2020年02月10日 20:57


2020年初雪

実家の岐阜でようやく初雪! 観測史上最も遅い初雪だそうです。
子どものころは、冬になると何度も雪が降ったし、大雪もめずらしくありませんでした。

↓こちらは、数年前の雪景色。年に一度はこれくらい降っていました。

雪の庭

ここ数年、少なくなりましたが、それでも、12月には降っていました。
この冬は降らないかもしれないと心配していましたが、ようやく初雪です。
伊吹山も、白くなりました。

うれしくなって外に出て、セーターに舞い落ちる雪の結晶をいくつも見ました。
雪の結晶は、本当にきれいです。どれも六角形だけど、どれひとつとして同じ形は
ありません。自然が生み出す模様の美しさに、ただ見とれてしまいます。

サラファーンの星では、雪は大切なエレメントのひとつ。
『石と星の夜』のプロローグでは、フィーンのヨルセイスが、初めて人の世界に
降り立った少年の日を回想します。

彼は9歳。幼子(おさなご)を腕に抱えて船から降り立ったとき、
空気は澄んで凛として、白い羽毛のようなものが、
空からはらはらと舞い降りていました。
初めて見る雪でした。フィーンの旧世界は暖かく、雪は降らなかったのです。

その雪のひとひらが、幼子のほおに落ち、雫となって真珠のようにすべり落ちます。
幼子は、やがて王妃になるのですが、そんな運命など少しも知らずに、
ヨルセイスの腕ですやすやと眠っているのでした。
戦争で故郷を失い、長い航海をへてたどりついた人の世界。
ヨルセイスは、湖や丘に降る雪を見つめ、美しいところだと思います……。

今日の雪は、ヨルセイスがそのとき見たような、羽毛のような大きな雪。
空を見上げると、あとからあとから降ってきて、白い世界に吸い込まれそうでした。

コオロギの歌2019年08月21日 21:22


ウィンチェスターby fumiko

ゆうべ仕事をしていたら、窓の外からコオロギの歌が聞こえてきました。
猛暑が続いていて、秋はまだまだ来ないと思っていたので、うれしい驚きでした。
そういえば、朝方、いつもよりは少し涼しいなと感じたのでしたっけ。
虫たちは、季節が変わりゆくことをちゃんと感じるのですね。
今朝早くには、コオロギの独唱に鈴虫のコーラスが加わっていました。

野鳥の歌も、虫の歌も、とても好きです。
物語にも何度も書いてしまいます。
虫の歌が登場するのは、四部作では『石と星の夜』が最初です(だと思う)。
プロローグ。羊飼いの少年が、夜明けを待っているシーン。相棒の牧羊犬が
虫たちの合唱を聴きながら、まわりの様子に聞き耳を立てているところ。
また、ジョサとリーヴが夜の庭を歩くシーンでは、コオロギに歌ってもらいました。

欧米人は虫の声を雑音と感じるといいますが、
イギリスロマン派の詩人、ジョン・キーツは、虫の歌を詩によんでいます。
キーツは、日本人の心に近い感覚を持っていたのかもしれません。

大地の詩はやむことがない(The poetry of earth is never dead)で
始まる詩には、キリギリスとコオロギが出てきます。
タイトルも、「キリギリスとコオロギ」!(On the Grasshopper and the Criket )
「秋に寄せて」(To Autumn)にも、コオロギが登場します。

丘で鳴く子羊、赤い胸のコマドリ、大空で歌うツバメとともに、
垣根で歌うコオロギや小さな羽虫にも、詩人は温かなまなざしをそそいでいて
とても好きな詩です。
写真は、キーツがこの詩を書いたというウィンチェスターの街角。
去年の秋、友だちと訪れたときの一枚です。

銀色狼〜輝くたてがみを持つ森の守護者2019年07月15日 17:41


銀色狼スケッチ by fumiko

薄い透けるような葉のあいだから、星明かりがこぼれる神秘的な森。
そんな夜の中を、銀色の狼が、ひとりの娘とともに歩いている姿が浮かんだのは
ずいぶん前のことです。
もともとは、まったく別の短編だったのですが、いつのまにか、わたしの中で、
ルシタナが、大きな狼をともなって、銀の森を歩いている姿と重なっていました。
そして、その姿も、はっきり見えるようになりました。

銀色狼……。そんな言葉が浮かびました。
けれども、どんないわれの狼かは、最初はよくわかりませんでした。
フィーンの旧世界が滅びるとき、フィーンと一緒にこの世界に渡ってきたのだと
ぼんやり感じましたが、なんといっても、強烈に伝わってきたのは、その姿。
フィーンと同じように、淡い光りを帯びたように輝いて、長い鬣が、月光のように
きらめきながら、風になびいています。

それから、一頭の銀色狼が、満月がのぼる雪の大地を、一心に駆ける姿が浮かびました。
また、眼下に森を見晴らす崖の上で、遠吠えをしている姿と、その声が聞こえました。
金色の瞳をのぞくと、そこには、銀河が渦を巻いて息づいていました。
サラファーンの星の、大切なエレメントだと感じました。

物語の中で、銀色狼は、フィーンの旧世界と、この世界の架け橋のような存在です。
前世で、フィーンに縁のある登場人物には、その遠吠えが聞こえたり、夢で姿を見たり
また、実際に、銀の森を訪れたときには、直接出逢ったりします。

公式サイトに「自然と暮らし」コーナーを作るにあたって、「生き物」のアイコンは
絶対に銀色狼にしようと決めていました。
デザイナーの畠山さんが、わたしのこのおおざっぱなスケッチを、いつものように
素敵なCGにしてくれました。
CGは額の白い星のないバージョンです。星があるのは、銀の森の一頭だけなのです。

犬好きで、犬の祖先だからか、狼にはとても心惹かれます。
旭山動物園を訪れたときも、森林狼に会えるのが一番楽しみでした。
リーヴが、銀色狼のふさふさしたたてがみのある大きな首を抱きしめるシーンは
描きながら、そのぬくもりや感触が伝わってくるようでした。

(『ユリディケ』を書いたときには、銀色狼の存在は知らなかったのですが、改稿の連載に
あたっては、絶対に外せないでしょう!と思って、冒頭から入れています。)

『石と星の夜』文庫版の表紙とキャラクター2019年05月23日 17:14


『石と星の夜』イラスト鈴木康士 デザイン吉永和哉+WONDER WORKZ。 

文庫版のジャケットは鈴木康士先生。このイラストを見たときもびっくりしました。

ルシタナのイメージが、わたしが思い描いていた以上にルシタナに近かったからです。


ルシタナは父に武術を習い、母の勇気と芯の強さを受け継ぎ、愛情を一心に受けて

銀の森でのびのび育ちましたが、心の奥には、

人とフィーンのあいだに生まれた、たったひとりの存在としての孤独を秘めています。

ジャケットのルシタナのまなざしには、そんな強さと悲しみとともに

どこまでも信念を貫く意志を感じました。

 

ところで、こちらは前回載せた『星の羅針盤』の続きです。

あの単行本の『星の羅針盤』は、長いブランクを経て本を出す新人同然の著者の本でした。

昨今の出版事情はとても厳しく、出版社も当然慎重になります。

当時は続きも完成しておらず、『星の羅針盤』一冊での契約で、

シリーズタイトル〈サラファーンの星〉は入れたものの、

シリーズとはっきり銘打つわけにはいかなかったようです。

 

一冊読みきりと思って買ってしまい、そんなー!と思われた方も多かったと聞きました。

本当にごめんなさい。(シリーズでなければ契約しないと言えればよかったですが、

おそらく、そんなことを言ったら、この話はなかったことに、となっていたかな…。)

 

単行本は売れず、続きの出版は立ち消えの危機に。

そんなとき、一緒に完成を目指してきた担当編集者小林さんの尽力で、

文庫本でシリーズ化されることになったのです。

いざとなったら自費出版と覚悟していたのですが、ほっとしました。

単行本と文庫本ではイラストレーターが変わるとのことで、お任せしました。

 

キャラクター相関図でイラストを描くにあたり、リーヴとルシタナは、思いきり、

牧野先生と鈴木先生のイラストを参考にさせていただきました!

もちろん力が及ぶはずもなく、わたしの頭の中のイメージに近づけるのに苦労しました。

そしてやっぱり、おふたりの絵の方が断然本人に近いなあと、今も思っています。

(最初、Webサイト用に相関図を描いたときは、リーヴとルシタナは、

ジャケットをコピーして切り抜いて、貼り付けました。その図、おいおい載せますね。)