LGBTQ+とサラファーンの星〜1:ヴァレッタ2025年02月04日 11:59


ヴァレッタ

さて。お約束の〈サラファーンの星〉とLGBTQ+のお話。初回はヴァレッタです。

アトーリス王国の都にある士官相手の高級倶楽部にいる女性。
脇役で、ほとんど出てこないので、キャラクター相関図には入れていませんが、
ありありと浮かんでくるキャラで、相関図のイラストを描いている時、
落書きみたいに描かずにはいられませんでした。それがこの鉛筆のスケッチです。

彼女の話をする前に、まず、とても大事なことを。
登場人物について(物語もそうですが)私はすべてを知っているわけではありません。
むしろ、謎の部分のほうが多いです。
だから、読者の方がそれぞれ感じることが、正解であって、ここでのお話は、
あくまで私が感じたことです。
キャラクターによっては、わりとはっきり主張する人もいれば、曖昧な人もいます。
そうかな〜と私が察するくらいの感覚が、最も多いかもしれません。

ヴァレッタが最初に登場するのは『石と星の夜』。
王室情報部のステランとパーセローが、暗殺事件の捜査線上に浮かんだ陸軍士官
〈ハンター〉の愛人であった彼女に会うシーン。です
洒落た小窓のある部屋で、ヴァレッタは鏡台に向いて化粧をしながら、鏡越しに
彼らの質問にこたえます。つり上がった目に、燃えるような赤銅色の髪。
ステランのことは「坊や」と呼び、刑事コロンボみたいにしつこく質問を繰り出す
パーセローも軽くあしらい、愛人だった〈ハンター〉に対しても、氷のように冷たい態度。
パーセローは反発を感じますが、話しているうちに、鏡を通してこちらを見る妖艶な
まなざしに思わず惹かれ、そんな自分にぎょっとします。

ヴァレッタが〈ハンター〉の愛人であり、事件の鍵を握っていることは、
平民に身をやつした王子ランドリアを通して、ステランに知らされるのですが、
ヴァレッタとランドリアの間には、深い信頼関係があります。

ランドリアの正体をヴァレッタが知っていたかどうかは、私にもわかりません。
なんとなく感じていたのかもしれません。
ただ、ヴァレッタはランドリアにずっと恋心をいだいていて、
〈ハンター〉とは、仕事上の付き合いだったとは思っています。
そして、ヴァレッタには、同じ職場に女性の恋人がいたのではないかと。
どんな彼女だったのかなぁって想像するのですが、ランドリアと同じ黒い髪か、
あるいは金髪。そして年下で、可愛らしい感じの女性じゃないかな。

ヴァレッタを描くのは楽しかったです。自由に生き生きと動いてくれて、
とりわけ好きなキャラクターでもあります(興味のある人しか描かないから、
キャラは誰しも、どこかしら好きになるのですが)。
旅芸人の娘として生まれ、国中を渡り歩いたあと、今の仕事について成功を収めている。
自分に忠実で、彼女の中では、一本通ったものがある女性。
ある意味、一匹狼として裏の世界をわたるランドリアと共通点があります。
だから、信頼しあえたのでしょうね。
頭の良い女性で、ランドリアには愛する女性がいて、自分は決して愛の対象には
なりえないこともよく知っている。
だから、女性の恋人がいながらも、いつも心の奥には切ない思いがある。
それがたぶん恋人も知っていて、それでもヴァレッタを受け入れているのではないかな。
そんなふうに私は感じています。
でも、ヴァレッタは異性愛者だと思ってもらっても、まったくかまいません。

☆   ☆   ☆

日本でも、自治体単位では、同性愛者の権利が少しずつ認められつつありますが、
アジアで最も進んでいるのは、最初に同性婚を認めた台湾ですね。それからネパール。
そして、1月23日には、タイで同性婚を認める法律が施行されました。
タイではこの日、1832組の同性カップルが婚姻届を出したそうです。

人はもともと、多種多様な存在なのだと思います。それが自然であり、
そのようにつくられているのだと。
マジョリティが幅を利かせるのではなく、多様性を認める寛容な社会でありたいですね。

薬草使いの少女ラシル(&パーシー大尉)2022年10月11日 14:50

弟が大好きなんだけど、自分にはないその才能に、嫉妬も感じてしまう

リーの姉ラシル。

リーが、まっすぐで、いつも心のまま、直感に従って大胆に動くのと比べ、

内向的で理性的。行動も控えめ。(少し複雑な内面を抱えていますが、

心の奥はとても清らかです。)

 

彼女を深く知るのは、ちょっと時間がかかったけれど、

名前はすぐに浮かびました。

ラシル。〈サラファーンの星〉に名前だけ登場する伝説の少女の名。

ルシタナの時代よりもさらに二千年前、干ばつに苦しむ茶の村で、

村人たちを新たな地へと導いたという少女です。

枯れ果てた茶畑で、ただ一本だけ残った若木をたずさえて、

長く厳しい旅の果て、ラシルと村人たちは、

茶の栽培にふさわしい、霧と春の雨に恵まれた土地を見いだし、

村は少女にちなんで、ラシルと呼ばれるようになります。

 

前々回、薬草使いの少年Part2で話したように、

その遠い時代、リーは愛と平和をうたう詩人でした。

彼は反戦を訴え、時の国王(のちのグルバダ)に処刑されますが、

その翌年、大干ばつが世界を襲い、

ラシルの村の茶畑も壊滅的な被害を受けたのです。

なんとなく、見当がつきますよね?

リーの姉ラシルは、遠い昔、その伝説の少女だったのかなって。

詩人が処刑されたあと、彼女は〈天の声〉を聞き、村人たちを東へと導くのですが、

当時、詩人とラシルは遠く離れて、互いの存在を知らないながら、

魂の深いところではつながっていたのかな、と感じています。

 

その2000年後、ルシタナの時代、ふたりは現実の世界で会います。

『石と星の夜』で、暗殺事件を追う諜報員パーセローが、

ひとめ惚れした宿屋の娘、サラの証言によって、たどりつく村がラシル。

(でも、サラは彼の追う容疑者に恋しているから、思い切り片思い。)

パーセローは、トゥーリー(黒のジョー。のちのリー)と協力して、

巨大な陰謀に立ち向かい、

それが縁で、サラとトゥーリーは会うことになるのですが、

書きながら、サラの前世は伝説の娘ラシルだったかも、と思っていました。

 

今回、薬草使いの少女として登場したラシルは、

茶畑を救ったときと同じ名前を授かり、やっぱり、自然を愛し、薬草を摘み、

あらたな時代に生きている、そんな感じがしています。

 

『石と星の夜』で彼女に恋したパーセローは、

不器用で、なかなか気持ちを打ち明けられなくて、書く方としては、

もう〜!って感じでした。

(諜報員としては、パーセローはよく動き、よくしゃべり、勘も鋭く、

本当に書きやすいキャラだったのですが、恋となると、てんでだめ。)

『ユリディケ』では、最初からもう少し楽しく出逢えて、恋ができると

いいなと思って、彼には、ルシナンの若き将校パーシー大尉役で

登場してもらいました。

同僚だったワイスとは今度も仲間。

そしてラシルには、やっぱりひとめ惚れ。


パーシーという名前は、『石と星の夜』を書く際、

パーセローという音が覚えにくいかな、と、代案として考えた名前です。

ひょろりと背が高く、明るい茶色の瞳で、金髪をしているのは、

パーセローのときと同じ。

ただし、違うところが一点。

前は、額の生え際が後退しかけて、髪が薄いのを気にしている若者だったので、

今回は、彼のあこがれだった、ふさふさの金髪にしました。

前回がんばってくれたもんね。それくらいご褒美がないとね。

 

ラシルとパーシーが、この先どうなるかは、わかりません。

ラシルは、村の薬草使いとして生きる決意をしているし、

彼の方の未来は(かなり長く蒼穹山麓にいるとしても、その後は)不確かです。

でも、わたしとしては、立場の違いや、さまざまな障害を乗り越えて、

うまくいくんじゃないかな、と思っています。

ニッキ〜恋多き闘う看護師2020年04月23日 13:25


戦う看護師ニッキby fumiko

看護師ニッキは、第二部『石と星の夜』から登場する、諜報員パーセローの妹です。
ほとんどの男性より背が高く、強くて体力もあり、すごく細いのに、
いわゆる痩せの大食いで、とっても食いしん坊。
親友のマリアとともに、食べることが大好き。
でも、おっとりしたマリアと違って、とっても気が強く、炎のような性格です。

ほれっぽくて、すぐに恋に落ちて、とっても情熱的。
都の陸軍病院では、訓練中の落馬で負傷した見習士官を好きになって婚約したり、
従軍看護師として向かった野戦病院では、ボランティアで来た医師、ランス先生に
ほれこんだり、瀕死の状態で運び込まれた若者(黒のジョー)に、
いつのまにか恋したり。

曲がったことが大嫌いで、間違っていると思えば、どんな権力にも負けずに
盾突くので、あちこちでクビになったり、問題を起こしたり。
つねに患者の立場に立って、命を救うためなら、自分のすべてを捧げます。

欠点もいっぱいだけど、ニッキはちっとも憎めなくて、彼女のイラストを描くのは
けっこう楽しかった記憶があります。(いつもは拷問のようなのですが!)
顔も細面で、すらりとした感じが出るよう、首を長くして、制服もそれが引き立つ
デザインしてみました(上のスケッチ)。
そして、それをもとに、いつものようにデザイナーの畠山さんが、素敵なCGにして
くれたものが、こちらのイラストです。
(眉と瞳がわたしのスケッチより優しく、畠山さんの性格が反映されています(*^_^*))

看護師ニッキbyF&M

ニッキが命がけで戦場の最前線に立っていたように、今、世界中の看護師さんが、
わたしたちを守るため、命がけで最前線に立ってくれています。

眠る時間もないほど、肉体的にきついのですが、精神的にもきついと聞きます。
患者さんの臨終に、家族の方々に立ち会ってもらえないことが多くて、
家族の悲しみを思うと、とても辛いというのです。
医療に従事している人たちには、人のために役に立ちたいという、優しい心の人が
多いと思うので、いっそうこたえることと思います。

そんな医療従事者の方々を差別する人がいるといいます。
とても悲しいことですね……。
そういう人たちにも、知らずに感染して感染を広げている人がいるかもしれません。
誰でもその可能性はあるのですから。
また、もし自分が発症して倒れたら、そのときに救ってくれるのは医師や看護師の方々。
ちょっと想像力を働かせれば、わかることですよね。
そういう人たちは、本当に少数だと思いますが、万が一、医療従事者を差別するような
人に出会ったら、そんなふうに伝えてみてくださいね。

毎日、感染で亡くなった人のニュースを耳にします。
昨日は、岡江久美子さんが亡くなりました。
もちろん、直接知っているわけではありませんが、
美人なのに親しみやすく、明るくてやさしい方がと、ショックで残念です。

看護師さんたちが胸を痛めているように、お別れも満足にできないし、
これまでに亡くなった多くの人たちの時もきっとそうであったように、
ご家族の無念さ、悲しみの深さは、想像することもできません……。

こんな悲しいことが少しでも少なくなるよう、今はじっと家にいようと思います。

『石と星の夜』~スパイたちの悲しみ2020年02月19日 17:14


『石と星の夜』イラスト鈴木康士 デザイン吉永和哉+WONDER WORKZ。 

今日は、『石と星の夜』の裏話を。

四部作はそれぞれ個性をもたせたかったのですが、
この第二巻は、中でも、少し変わり種かもしれません。

夏の終りから秋にかけて、ほんの二か月弱のあいだの物語で、
情報機関〈イリュリア〉内部の裏切り者を追う諜報員たちの話と、
サンザシ館の人々の話が交互に語られる構成になっています。

ロンドロンドが、リーヴェイン王室の諜報員になることで、
サンザシ館も、諜報の世界と間接的につながりを持つことになりますが、
ロンドロンドの表向きの仕事は通信員。
彼が極秘の任務についていることは、誰も気がついていません。

タイトル『石と星の夜』は、世界を滅ぼしかねない兵器が
生まれるきっかけとなった、星降る冬の夜をさしています。
ロンドロンドの同僚が、彼にそのことを話すセリフ

「すべてはある冬の夜ーー〈石と星の夜〉に始まった」

からきています。
(本の帯も、ここからほとんどそのままとってもらえて嬉しかったです。)

20代の後半、スパイものの小説をけっこう読んだ時期があって
中でも好きだったのが、ジョン・ル・カレの作品でした。
「寒い国から帰ってきたスパイ」を読んで、
その静謐で、冷徹で、悲哀に満ちたスパイたちの世界に、衝撃を受けました。
国や理念、組織のために、それぞれ、自分を犠牲にせざるをえない宿命や
それでも、愛するものを守ろうとする思い。その葛藤……。
読み終えて、何日も、心から離れませんでした。

ル・カレは、MI6(英国秘密情報部)の一員で、その経験をもとにスパイ小説を
たくさん書いています。
007もMI6という設定ですよね!(こちらの作者、イアン・フレミングは
英国海軍情報部に所属していました。)

何人かのスパイものを読んだ中で、ル・カレがダントツに好きでした。
どれもスパイの悲哀を描いて、深い余韻を残す物語。
(ル・カレの作品をすべて読んでいるわけではないし、
あまり偉そうなことは言えませんが。)

映画化されたル・カレ作品も多いです。
『ティンカー・テイラー・ソルジャー・スパイ』は、主演のひとりが
BBCの『シャーロック』でシャーロックを演じたB・カンバーバッチでした。
邦題は『裏切りのサーカス』。
『ロシア・ハウス』と『ナイロビの蜂』も心に残っています。

『石と星の夜』は、ル・カレにオマージュを捧げる、という思いで、
せいいっぱいの敬意を込めて書きました。

物語に登場する情報機関の中で、中心となるのは、
アトーリス王室情報部〈イリュリア〉。
王に忠誠を誓った精鋭たちで構成され、700年の歴史を持つ情報機関です。

ヴェルゼン長官は、思い切り渋くてかっこいいボスを想像しながら描きました。
暗殺事件の特捜班を率いるチーフも、長身で美男のリーダー。
愛する妻子を失った暗い過去を持つ、悲しい瞳が印象的な男です。
そのほか、ステラン、パーセロー、ミコルトが中心メンバーで、
それぞれのイメージが浮かんだあとは、この〈イリュリア)の男たちは、
作者孝行者というか、手がかからないキャラで
どんどん動いて物語を導いてくれました。

ただひとつ困ったのが、ものすごく長くなったこと。
勝手に動き回るものだから、そういう事態も起こります。

編集の小林さんからは、長くなると全体のバランスが悪くなるし、
本の値段も上がってしまうからと、短くするようアドバイスを受けました。
最初、字を小さくして1ページの行数を増やす、という方法を勧められたのですが
(それだけでは、もちろん、不十分なのですけれど、まずはそうしてみたら?と)
一巻でも字が小さいと感じていたのに、あれ以上小さくなったら、
本当に読みづらくなってしまいます。
それだけは避けたいと思いました。

ただ、膨大な量をカットしなければなりません。主に次の2つの方法で乗り切りました。

1:情景描写をカット。
まるまるカットする場合もあれば、行単位、あるいは、単語単位でカットする場合あり。

2:陰謀の伏線など必要な部分を最低限残し、なくてもわかるシーンはすべてカット。
たとえば、パーセローがラシルを探すシーンなどは、大幅にカットしました。
彼、実際は、ある村で若い女性に後ろから棍棒で殴られて気を失ったりなど
もっと苦労していたんです。
同じくパーセローの波止場での聞き込みシーンもカット。
タリス港名物、焼きサバのサンドイッチを、屋台で買って食べるところがあって、
焼きサバ寿司が好きなわたしとしては、入れたかったのでした。

そうして、初稿の三分の一近くをカットして、ようやく2巻が完成したのでした。
膨大な量でしたので、本当に大変でしたが、今は短くしてよかったと思っています。
(実は、4巻ではもっと苦労をしてカットすることになるのですが、当時のわたしが
そのことを知らなかったのは、幸いでした!)

2巻では一つの事件はそれなりの決着を見せつつも、さらなる謎を残すことになり、
悲しい宿命を背負ったスパイたちの物語は、続いていきます。

初雪!2020年02月10日 20:57


2020年初雪

実家の岐阜でようやく初雪! 観測史上最も遅い初雪だそうです。
子どものころは、冬になると何度も雪が降ったし、大雪もめずらしくありませんでした。

↓こちらは、数年前の雪景色。年に一度はこれくらい降っていました。

雪の庭

ここ数年、少なくなりましたが、それでも、12月には降っていました。
この冬は降らないかもしれないと心配していましたが、ようやく初雪です。
伊吹山も、白くなりました。

うれしくなって外に出て、セーターに舞い落ちる雪の結晶をいくつも見ました。
雪の結晶は、本当にきれいです。どれも六角形だけど、どれひとつとして同じ形は
ありません。自然が生み出す模様の美しさに、ただ見とれてしまいます。

サラファーンの星では、雪は大切なエレメントのひとつ。
『石と星の夜』のプロローグでは、フィーンのヨルセイスが、初めて人の世界に
降り立った少年の日を回想します。

彼は9歳。幼子(おさなご)を腕に抱えて船から降り立ったとき、
空気は澄んで凛として、白い羽毛のようなものが、
空からはらはらと舞い降りていました。
初めて見る雪でした。フィーンの旧世界は暖かく、雪は降らなかったのです。

その雪のひとひらが、幼子のほおに落ち、雫となって真珠のようにすべり落ちます。
幼子は、やがて王妃になるのですが、そんな運命など少しも知らずに、
ヨルセイスの腕ですやすやと眠っているのでした。
戦争で故郷を失い、長い航海をへてたどりついた人の世界。
ヨルセイスは、湖や丘に降る雪を見つめ、美しいところだと思います……。

今日の雪は、ヨルセイスがそのとき見たような、羽毛のような大きな雪。
空を見上げると、あとからあとから降ってきて、白い世界に吸い込まれそうでした。

コオロギの歌2019年08月21日 21:22


ウィンチェスターby fumiko

ゆうべ仕事をしていたら、窓の外からコオロギの歌が聞こえてきました。
猛暑が続いていて、秋はまだまだ来ないと思っていたので、うれしい驚きでした。
そういえば、朝方、いつもよりは少し涼しいなと感じたのでしたっけ。
虫たちは、季節が変わりゆくことをちゃんと感じるのですね。
今朝早くには、コオロギの独唱に鈴虫のコーラスが加わっていました。

野鳥の歌も、虫の歌も、とても好きです。
物語にも何度も書いてしまいます。
虫の歌が登場するのは、四部作では『石と星の夜』が最初です(だと思う)。
プロローグ。羊飼いの少年が、夜明けを待っているシーン。相棒の牧羊犬が
虫たちの合唱を聴きながら、まわりの様子に聞き耳を立てているところ。
また、ジョサとリーヴが夜の庭を歩くシーンでは、コオロギに歌ってもらいました。

欧米人は虫の声を雑音と感じるといいますが、
イギリスロマン派の詩人、ジョン・キーツは、虫の歌を詩によんでいます。
キーツは、日本人の心に近い感覚を持っていたのかもしれません。

大地の詩はやむことがない(The poetry of earth is never dead)で
始まる詩には、キリギリスとコオロギが出てきます。
タイトルも、「キリギリスとコオロギ」!(On the Grasshopper and the Criket )
「秋に寄せて」(To Autumn)にも、コオロギが登場します。

丘で鳴く子羊、赤い胸のコマドリ、大空で歌うツバメとともに、
垣根で歌うコオロギや小さな羽虫にも、詩人は温かなまなざしをそそいでいて
とても好きな詩です。
写真は、キーツがこの詩を書いたというウィンチェスターの街角。
去年の秋、友だちと訪れたときの一枚です。

銀色狼〜輝くたてがみを持つ森の守護者2019年07月15日 17:41


銀色狼スケッチ by fumiko

薄い透けるような葉のあいだから、星明かりがこぼれる神秘的な森。
そんな夜の中を、銀色の狼が、ひとりの娘とともに歩いている姿が浮かんだのは
ずいぶん前のことです。
もともとは、まったく別の短編だったのですが、いつのまにか、わたしの中で、
ルシタナが、大きな狼をともなって、銀の森を歩いている姿と重なっていました。
そして、その姿も、はっきり見えるようになりました。

銀色狼……。そんな言葉が浮かびました。
けれども、どんないわれの狼かは、最初はよくわかりませんでした。
フィーンの旧世界が滅びるとき、フィーンと一緒にこの世界に渡ってきたのだと
ぼんやり感じましたが、なんといっても、強烈に伝わってきたのは、その姿。
フィーンと同じように、淡い光りを帯びたように輝いて、長い鬣が、月光のように
きらめきながら、風になびいています。

それから、一頭の銀色狼が、満月がのぼる雪の大地を、一心に駆ける姿が浮かびました。
また、眼下に森を見晴らす崖の上で、遠吠えをしている姿と、その声が聞こえました。
金色の瞳をのぞくと、そこには、銀河が渦を巻いて息づいていました。
サラファーンの星の、大切なエレメントだと感じました。

物語の中で、銀色狼は、フィーンの旧世界と、この世界の架け橋のような存在です。
前世で、フィーンに縁のある登場人物には、その遠吠えが聞こえたり、夢で姿を見たり
また、実際に、銀の森を訪れたときには、直接出逢ったりします。

公式サイトに「自然と暮らし」コーナーを作るにあたって、「生き物」のアイコンは
絶対に銀色狼にしようと決めていました。
デザイナーの畠山さんが、わたしのこのおおざっぱなスケッチを、いつものように
素敵なCGにしてくれました。
CGは額の白い星のないバージョンです。星があるのは、銀の森の一頭だけなのです。

犬好きで、犬の祖先だからか、狼にはとても心惹かれます。
旭山動物園を訪れたときも、森林狼に会えるのが一番楽しみでした。
リーヴが、銀色狼のふさふさしたたてがみのある大きな首を抱きしめるシーンは
描きながら、そのぬくもりや感触が伝わってくるようでした。

(『ユリディケ』を書いたときには、銀色狼の存在は知らなかったのですが、改稿の連載に
あたっては、絶対に外せないでしょう!と思って、冒頭から入れています。)

『石と星の夜』文庫版の表紙とキャラクター2019年05月23日 17:14


『石と星の夜』イラスト鈴木康士 デザイン吉永和哉+WONDER WORKZ。 

文庫版のジャケットは鈴木康士先生。このイラストを見たときもびっくりしました。

ルシタナのイメージが、わたしが思い描いていた以上にルシタナに近かったからです。


ルシタナは父に武術を習い、母の勇気と芯の強さを受け継ぎ、愛情を一心に受けて

銀の森でのびのび育ちましたが、心の奥には、

人とフィーンのあいだに生まれた、たったひとりの存在としての孤独を秘めています。

ジャケットのルシタナのまなざしには、そんな強さと悲しみとともに

どこまでも信念を貫く意志を感じました。

 

ところで、こちらは前回載せた『星の羅針盤』の続きです。

あの単行本の『星の羅針盤』は、長いブランクを経て本を出す新人同然の著者の本でした。

昨今の出版事情はとても厳しく、出版社も当然慎重になります。

当時は続きも完成しておらず、『星の羅針盤』一冊での契約で、

シリーズタイトル〈サラファーンの星〉は入れたものの、

シリーズとはっきり銘打つわけにはいかなかったようです。

 

一冊読みきりと思って買ってしまい、そんなー!と思われた方も多かったと聞きました。

本当にごめんなさい。(シリーズでなければ契約しないと言えればよかったですが、

おそらく、そんなことを言ったら、この話はなかったことに、となっていたかな…。)

 

単行本は売れず、続きの出版は立ち消えの危機に。

そんなとき、一緒に完成を目指してきた担当編集者小林さんの尽力で、

文庫本でシリーズ化されることになったのです。

いざとなったら自費出版と覚悟していたのですが、ほっとしました。

単行本と文庫本ではイラストレーターが変わるとのことで、お任せしました。

 

キャラクター相関図でイラストを描くにあたり、リーヴとルシタナは、思いきり、

牧野先生と鈴木先生のイラストを参考にさせていただきました!

もちろん力が及ぶはずもなく、わたしの頭の中のイメージに近づけるのに苦労しました。

そしてやっぱり、おふたりの絵の方が断然本人に近いなあと、今も思っています。

(最初、Webサイト用に相関図を描いたときは、リーヴとルシタナは、

ジャケットをコピーして切り抜いて、貼り付けました。その図、おいおい載せますね。)