ムーミンの消印2019年08月24日 17:48


ムーミンの消印(フィンランドからの手紙)

先日ポストを開けると、可愛いムーミンの絵はがきが届いていました。
フィンランドからのエアメイル。
しばらく会っていなかった友だちからで、インクで書いたきれいな手書きの文字と
やさしい文章に、心がほんわりとあたたかくなりました。
切手もムーミンで、消印もムーミン。
ちょっとわかりにくいけれど、消印のムーミンは、背中に郵便袋をしょった
郵便屋さんのスタイルです。クリック拡大するとわかるでしょうか。

手紙は、書くのも読むのも大好きです。
学生のころから、手紙魔でした。
いまはつい早くて便利なので、Eメールを使ってしまうけれど、やっぱり手紙は
なんていうか、お互いの体温を感じられるし、
時間のかかるところもまた愛おしいのです。
絵はがきや、封筒、便せん、封をするシール、切手をコーディネートするのも
うれしい時間です。
葉書や便せんを手作りすることもあります。

サラファーンの星の中にも、たくさんの手紙を登場させました。
つい長く書きすぎたり、要らない手紙も書いたりして(もちろん、書いた時点では
必要だと思ったのです)ずいぶんカットしましたが
こんな手紙が行き来していたんだろうな、と思いながら、
紙の質感や、インクの匂いなど想像して書くのは、とても楽しい作業でした。
(中には、その人の最後の手紙となるような、辛い手紙もあって、
そんなときは、とても悲しくなってしまいましたが。)

郵便屋さんが走っているのを見ると、うれしくなります。
拍手を送りたくなるくらい。(実際、心の中で送っています!)
物語中、郵便馬車が走るシーンはたくさん出てきますが、
書きながら、ひづめや車輪の音、郵便ベルの音が聞こえてくるようでした。

あの日、宇宙に一番近い学園都市で2019年06月29日 20:23


JAXAスペースドーム photo by fumiko

東京の広告代理店に勤めていたころ、同僚が物語のアイデアを真摯に聞いてくれた話は
先月「あなたを信じる人が世界にたったひとりでも」に書いた通りで、
彼女がわたしを信じてくれて、最初の本『ユリディケ』は生まれました。

彼女は結婚し、その後、学園都市つくばに引っ越しました。
ご主人が、つくば大学の教授で、AIの音声認識を研究されていたからです。

つくばには、何度も遊びに行ったのですが、ある日わたしは、彼女と広大な学園都市を
歩きながら、当時頭の中にあった物語、『ユリディケ』の二千年前の物語を
延々と語りました。
何度も生まれかわってめぐりあう恋人たちや、ある音楽一家の三代にわたる物語と、
何千年にもわたる時を生きる不老の民の歴史が交錯する、生と死、愛と葛藤、
喪失と再生、テクノロジーのもたらす繁栄と破壊、そして、世界の終わりが
迫る中での、絶望と希望の物語を。

長大な物語なので、彼女に話したストーリーラインも、とても長いものでした。
それでも、彼女は長い散歩の道すがら、ずっと熱心に耳を傾けてくれて、そして、
面白いと言ってくれたのです。
それが、サラファーンの星四部作でした。
長い長い話だから、退屈する人だってたくさんいるでしょう。でも、彼女は、心から
真剣に聞いてくれた。もちろん、友だち思いの優しい人だからこそですけれど、
そのことは、わたしに大きな勇気と希望を与えてくれました。
やがてわたしは、さまざまな事情で何度も中断しながら、その物語を少しずつ
書き継いでいくことになります。

かつて会社で『ユリディケ』のアイデアを聞いてくれたときとともに、あの日、
四部作のアイデアを聞いてくれた彼女には、いまも、本当に感謝しています。
『ユリディケ』誕生の女神さまは、サラファーンの星誕生の女神さまでもあるのです☆

上の写真は、会社のもと同僚三人とつくばを訪れたとき、
宇宙が大好きなわたしたちのために、彼女とご主人が案内してくれた
JAXA筑波宇宙センターのスペースドーム。
見応えたっぷりのガイドツアーに参加しました。
宇宙大好きな人には、おすすめです!(予約してお出かけくださいね。)

あなたを信じる人が世界にたった一人でも2019年05月07日 20:55


デルフィニウム優しい友のような清楚な花 photo by fumiko

最初にユリディケのアイデアが浮かんだとき、わたしは広告代理店に勤めていました。

いつか物語を世に出したいという夢を、そっと胸に抱きながら。

わたしの仕事は、制作局の雑用係。社内外の郵便を配るのも仕事のひとつです。

制作の副社長室にも手紙や書類を届けるうちに、副社長の秘書と言葉を交わすように

なりました。

 

少し年上で、音楽を愛する彼女は、ひかえめだけど、よく笑い、冗談も大好き。

なにごとにもとらわれない自由な人で、

世間の常識よりも、自分の思いを大切にしていました。

副社長は少しばかり気難しく、激高することがあり、社員から怖れられていましたが

(目撃情報によると、しばしば、コーヒーや灰皿が宙を飛んだ)

彼女はそんな副社長に対しても、あまりに理不尽で間違っていると思えば、

とてもおだやかに、でも堂々とそう指摘する人でした。

副社長も、そんな彼女の言葉を、はっと我に返ったように素直に聞いていたようです。

 

彼女はまた、正直で、つねに前向きな人でした。わたしは、そんなところにも惹かれ

いろんな話をするようになっていきました。

そしてある日、心の中で徐々に形をとりつつあるファンタジーのことを話したのです。

もう夢が、心をいっぱいに満たして、あふれんばかりになっていたので……。

 

わたしは、それがどんな物語かを話しました。

それを本にして、わたし自身が物語を追いながら感じているときめきを、喜怒哀楽を、

読む人にも感じてもらいたい、心から楽しんでもらいたいと話しました。

そして、目に見えないもの、愛や希望、やさしさの大切さを感じてもらえたらと

願っていると。

 

熱心に聴いてくれたあと、彼女はいいました。

「素晴らしい夢ね! きっと実現するわよ」

心からそのことを信じて、いってくれているのがわかりました。

 

そんな夢みたいなことを、と笑ったりせずに、

わたし以上にわたしのことを信じてくれる彼女の存在が、どれほど心強かったことか。

そのおかげでわたしは、どうせ書けるはずないよね、などと余計なことを悩んだりせず

まっすぐに創作に向かえたのです。

 

自分の力不足に落ち込むことも、数え切れないほどありましたが、そんな時も、

彼女はいつも応援してくれました。絶対にだいじょうぶ。あなたならできる、と。

本当に、ユリディケ誕生の女神さまです。

 

どんな夢でも、同じ。

誰か、世界でたった一人でも、自分のことを信じてくれたなら、人はきっと頑張れる。

その夢を実現できる。

そしてまた、人生に絶望したときも、誰かたった一人でも、気にかけてくれたなら

人は生きていけるのではないか。そう思っています。

創作事始めPart2〜女子校時代 初めての小説2019年05月05日 17:16

高校一年の冬休み。原稿用紙80枚の小説を書くという課題が出されました。わたしの通った慶応女子高校は、夏休みなどの宿題を出さないという方針で、三年間で唯一の課題が、その一年生の冬の小説でした。

 

前回のブログで書いたように、中学の時、友だちの影響で短編のまねごとを書いていたわたしにとって、それは楽しい宿題でした。

思春期の少年の友情と生と死をテーマにして、『水の環』という作品を書きました。

そして、初めてある程度の長さの短編を書けたことに気をよくして(?)

次々に短編を書いては、クラスメイトの何人かに回して読んでもらうようになったのです。

 

殺人事件を扱ったミステリーが多かったように思います。

クラスメイトはやさしくて、面白いね、といってくれて、やっぱり

「豚もおだてりゃ木に登る」。中学時代、友だちに褒められたのと同じで、

どんどんいろんなジャンルの話を書きました。

文章はひどいものでしたが、アイデアだけは次から次へと湧いてきて、尽きることは

ありませんでした。

(これはいまも変わっていません。アイデアは浮かぶけど、文章にはほんと四苦八苦!

恐ろしいほど推敲します。もっとすらすら上手に書けたらなぁ。)

 

ただ、クラスメイトたちから、一度だけ、総スカンを食らったことがあります。

純真なヒロインが殺人の濡れ衣を着せられ、悪い奴らが逃げ延びる、という物語を書いたときです。

十六歳のわたしは、フランスのフィルム・ノワールのような、どこかダークな結末を、

ちょっと背伸びして書いてみたかったのですね。結局、自分でも好きになれなかったな。

まあ、あんな作品を書くのは、一度でいいです。

 

大学に入ると、アーチェリーの練習に明け暮れて、創作活動をする余裕はなくなりましたが、
たくさんの短編を書いた高校の三年間と、それを読んでくれた友人たちのあたたかさが、
今につながっているのだと思います。みなさん、本当にありがとう。

創作事始めPart1〜12歳の出逢い2019年05月02日 13:05

中学1年の時、同じクラスになったKちゃん。勉強ができて、運動神経も抜群。クラス委員にもなるような活発な女の子で、内気なわたしとは大違い。でも、宇宙や文学好きなところが似ていて、仲良くなりました。

 

休みの日に一緒に町に買い物に行ったり、始終お互いの家に泊まりに行ったり。

ふたりで『森村桂パリへ行く』という本を読んでフランスに憧れ、フランソワーズ・アルディの歌を聴いたりもしました。


彼女の家に泊まって、暗いうちにパジャマのまま抜け出し、自転車の二人乗りで、夜明け前の世界を駆けまわったときのさわやかな風と、あふれるような喜びは、いまも忘れられません。

 

彼女は詩や短編を書いていました。わたしは小学3年のとき先生に教わって、詩は少し書いて

いたけど、短編は最後まできちんと書けたためしがなく、彼女の作品を読んでびっくり。

SFや家族の秘密を扱った作品など、どれも感動的で、あっと驚く仕掛けがあり、構成力も素晴らしいのです。


わたしも、彼女にならって短編を書いてみたのですが、ろくなものは書けませんでした。

でも彼女はそんなわたしにとてもやさしく、いつだって褒めてくれて、

豚もおだてりゃ木に登るといいますが、わたしもまた元気に次の話に取り組むのでした。

 

彼女は科学にも強くて、夢は宇宙飛行士だといっていました。わたしは近眼で運動音痴。もうそれだけでアウト。彼女とともに旅立ちたいけど、宇宙飛行士など夢の夢です。

それでも、一緒に宇宙の写真を眺め、宇宙の話をいっぱいして、本当にわくわくしました。

 

彼女は大学で飛行クラブに入りました。グライダーで自由に大空を飛んで、楽しそうでした。

宇宙にとても近いところを飛んだんだなぁと、胸が熱くなります。

その後、素敵な家族を作りました♡

彼女と逢わなかったら、今のわたしはありません。そして、この出逢いが次の出逢いへ
つながっていくことになります。
ありがとう、Kちゃん。遠く離れているけど、いつも幸せ祈ってるね☆