”役に立たない”小さな者の大きな力〜『リト』ある子犬の物語2020年09月20日 17:00


『リト』

終わりの見えないコロナ禍の中、つい余裕のないまま、
人を思いやる心を忘れてしまったりして、
社会全体がぎすぎすしてきてきたように感じる時があります。
こんな時だからこそ、日々あたたかな気持ちでいたいなと思います。

友人で作家のかっこちゃん(山元加津子さん)が、
この時期に心を込めて、一冊の本を作りました。
大切な親友、雪絵ちゃんとの約束を果たすためです。
「世界中の人に、一人ひとりが違ってそれが素晴らしいということ、
みんなが素敵で大切だということを、かっこちゃんが伝えて」
難病で短い生涯を終えた雪絵ちゃんの、それが最後の願いでした。

『リト』は、子犬のリトが麦畑にぽつんといる印象的なシーンで始まります。
かっこちゃん自身によるイラストも、とっても素敵です。

麦畑を旅立ったリトは、牧場で出会った男に、空腹を伝えますが、
「そんなちっぽけじゃ羊も追えない。役に立たないものにはメシはやれない」と
追い払われてしまいます。
次に出会った牛は、ミルクを分けて一晩泊めてくれたけれど、
やっぱり、役に立たないからと、長くはおいてくれません。
誰からも必要とされず、リトはたまらなく寂しくなりますが、
自分を待っている人がきっといると信じて、旅を続けます。

「役に立つ」「役に立たたない」
そのことで、忘れられない思い出があります。
重度の障がいを抱えて生まれた甥が、幼稚園に通っていたときのこと。
父親が迎えに行って、思わずこうにつぶやいたそうです。
「Y(甥の名)って、なんかの役に立ってるのかな」
すると、保育士さんがこう言ったそうです。
「Yちゃんには癒やされる」

甥っ子は、にこにこした優しい子でした。
(成長するに連れ、辛いことも多く、笑顔が少なくなってしまいましたが…)
たしかに、わたしたちは、彼の笑顔や優しさに、本当に癒やされたものでした。

それに、わたしたちは誰しも、存在するだけで意味があるのではないでしょうか。
だって、空や海、花や石、星ぼしは、そこに存在するだけで
この素晴らしい宇宙を作っています。
人もその一部であり、「役に立つ、立たない」という考え方は、そもそも
宇宙の法則と合わないのではないでしょうか。

そのことはずっと心にかかっていて、『盗賊と星の雫』で
十四才の少女リーヴと、従兄のジョサのシーンにも登場させました。
リーヴは、周りの家族みんなが、それぞれの道を歩んでいるのに、自分は
ちっぽけな存在でなんの役にも立っていないという寂しさを抱えています。
そんな彼女に、音楽院から帰省したジョサは、やさしくいいます。

音楽院で遠く離れて暮らしていても、ここに家があるというだけで心がなごむ。
きみがここにいると思うだけで、どこかほっとする。
そして、こう続けます。
「世の中には、そこにいるだけで周りに光を与える人がいる。
きみはそんな人のひとりだ。
だから、なんの役にも立っていないなんて、二度と思わないで」

自分では、ちっぽけな、なんの取り柄もない存在だと思っていても、
ほかの人から見ると、まったくそうではないということがある。
誰かの微笑みひとつ、小さな行動ひとつに救われることもある。
それは、この世界の素晴らしさのひとつではないでしょうか。

メールで話したとき、かっこちゃんはこんなふうに言っていました。
「自分が誰のためにもなっていないと感じている人はいっぱいいると思う。
でも、そうではない。存在するということは必要だという証拠。
そのことを伝えていけたらと思う」
わたしも、心からそう思います。

さて、子犬のリトは役に立たないと言われながらも、旅を続け、
純粋な心で、出会うすべてのものたちに誠実に接し、
知らずしらずのうちに、みんなの気持ちを変えてゆきます。
そして、心の大きな素敵なパン屋さん親子と出会い、家族になったとき、
コロナウイルスを思わす流行病が、町を襲います。
小さなリトは、そこである決心をして……。

リトの冒険の物語は、誰もが大切な存在であること、
すべてはいつかのいい日のためにあること、
広い宇宙の中で、誰もが、すべてが、その大切な一部であり、
大きな力を秘めていることを、
わたしたちに語りかけてくれます。

巻末には、遺伝子研究で名高い筑波大学名誉教教授、村上和雄先生のエッセイ
〈コロナウイルスの蔓延は、「サムシング・グレート」からの大切なメッセージ〉
が掲載されています。

その中で先生は、人類は科学技術に偏り、弱肉強食、優勝劣敗の考え方だけでは
やがて滅びるに違いないと警告しています。

コロナウイルスは、肺の肺胞に感染して細胞を破壊してしますが、
環境汚染物質によっても、肺の細胞は破壊されており、
わたしたちは、地球を汚すことによって、自らを傷つけていないだろうか。
コロナウイルスは、人類にやり直すチャンスを与えてくれるものではないか。
「サムシング・グレート」
今こそ、わたしたちを生かしている、人知を超えた存在に感謝をして、
生き方を変え、世界を変えていくときではないか。
村上先生は、そう訴えかけています。

『リト』は、かっこちゃんが自ら立ち上げたモナ森出版の記念すべき第一作。
(出版社を立ち上げちゃうなんて、本当にすごい!)

そしてこちらが、モデルとなったかっこちゃんの愛犬リトちゃん。
2020年1月、コロナウイルスが世界に広がり始めた頃、生まれました。

子犬のリト

本当に、この美しい地球に感謝して、日々、いまある世界を慈しみながら、
みんなで助け合って生きていきたいですね。
この試練を決して無駄にしないためにも。
未来の世代のためにも。

薔薇水晶2020年08月27日 09:34


薔薇水晶

『ユリディケ』は児童文学の出版社から出たからか、小学生や中学生のお子さんから
ファンレターをもらいました。
可愛らしい文字で一生懸命書いてあるお手紙は、どれも心がこもっていて、嬉しかったです。
どなたにもお返事を書きました。

たいていはそれで終わるんですけれど、時には、その返事に返事が返ってくることがあり、
しばらく文通をしたお子さんたちもいました。

この薔薇水晶は、最初は小学生だったひとりの女の子が、お守りにしてねといって
贈ってれたもので、いまも大切に持っています。
ローズクォーツというのが一般的ですね。ほかにもいろいろ呼び名があるようですが、
なかでも、薔薇水晶という響きが好きです。

小学館の雑誌に、きたのじゅんこさんと連載をしていたとき、この水晶をテーマに
小さな物語を書きました。遠いアトランティスの姉妹の物語。

石には幼いころから惹かれてきました。
生まれ故郷の岐阜には、大理石の山があったり、鉱物がたくさん取れる山もあるようです。
子どものころ、近所にあった、砂利が敷きつめられた空き地には、色んな色の石が
ころがっていて、探すのが楽しかったのを思い出します。
そんなこともあって、わたしの物語には鉱物がたくさん出てくるのかな。

先日また耳の検査に行ってきて、いまの漢方薬での治療を二か月か三か月続けることに
なりました。
完治の可能性は30%と言われたので(「治るって言ってあげたいんだけどね」と優しい
先生)、その30%に滑り込むよう、しっかり静養しようと思います。
そんなわけで、いままでできなかったことをしています。
友だちに手紙を書いたり、本を読んだり、録画してあった番組を見たり。
体温を超える気温が続いていたので(エアコンを入れても家の中が30度以上!)
それも少しずつ、ですけれど、心も身体もほぐれるような気がします。

本当に、こんなにのんびりしたのは、10年ぶりぐらいかなぁ。
ほとんど小説が読めなかったので、この機会にと、たまっていた本も
ゆっくり読んでいます。
(エッセイは読めるのですが、執筆中は自分の物語に集中しているため、小説は
読めないんですよね。話が頭にぜんぜん入ってこないんです。)
それで、ここ数日読んでいた本に、ローズクォーツが出てきたのでした。
その本のことは、またいつか書きますね。

豪雨と子ツバメ2020年07月12日 17:30

七夕の翌朝、轟音で目が覚めました。
ゴ―っと凄まじい音。時刻は6時前。
いそいで外を見ると、滝のような雨が降っています。
何年も前に一度だけ経験した、1時間に120ミリを越える雨に迫る降り方です。
あのときは隣家がまったく見えなくなりましたが、かろうじて見えます。
でも、まるで煙幕に覆われているよう。

ガレージの横には溝が流れていますが、あっというまに水位が上がり
道路の高さに迫ってきました。ものすごい豪雨。避難すべきか、とどまるべきか?

そうだ!と思って、NHKの防災アプリを起動。
実家にいたので、現在地を岐阜の実家の住所にして、
雨量データマップをチェックしました。

なんと、地図上の+マークが、まさに現在、最も雨量の多い
〈1時間に80ミリ以上〉の濃い紫色にすっぽり入っています。
自動再生ボタンをクリックして、1時間後までの雨量を調べると、
あと10分で、濃い紫の部分から脱することが判明。
それを信じて自宅で待機することに。

ゴ―っという轟音と、数メートル先が真っ白になる雨が家を取り巻き、
身の危険を感じるなか、祈りながら待っていると、本当に10分後、
轟音がぴたりとやみ、豪雨だったのが、普通(?)の大雨になりました。
その後も、上流から流れてくる水で、水位は上がり続けましたが、
30分後には下降に転じ、車も家も無事でした。

それでも、そのあとニュースを見ると、同じ県内でも山の方は凄まじい被害で、
胸がつまりました。
九州も依然ひどい状況が続き、長野やほかの地方でも、大変なことに
なっていて、これが現実だろうかと、信じられない思いがします。

午後には、雨はほとんど止んだので、リハビリに行ってきました。
病院の駐車場のツバメの巣には、生まれたばかりのヒナが、
親鳥に餌を運んでもらって、大きな口をあけています。
まだ全く羽の生えていない小さな翼を一生懸命動かして背伸びをして
お母さん(お父さん?)にアピール。

あれ? と思いました。今年、確か3回目の子どもたちですが、
二羽しかいません。いつもは5羽ぐらいいるのに。
まさか、今朝の豪雨で飛ばされてしまったのでしょうか。
リハビリが終わったあとにもう一度見てみたけれど、やっぱり二羽……。

気になりながら、家に帰って、ふと気づきました。
二羽は卵からかえりたてホヤホヤみたいな感じでした。
まだほかの子は、卵の中にいるのでは?

二日後の金曜日、リハビリに行って、確かめてきました。
三羽います。もしかして、奥にももう一羽いるような気配。
あ〜、よかった!

それにしても、あの豪雨のなか、親ツバメは必死に卵やヒナを守っていたに
違いないと思うと、胸が熱くなりました。どんなに大変だったでしょう。

この異常気象。温暖化の影響が大きいと言われていますし、
コロナウイルスも、人間が野生動物の生活圏を脅かしたことによって、
動物のウイルスが人に感染してしまったのではと言われています。

きっと、このままではいけないという、地球や動物たちからのメッセージ。
人類は、立ち止まって、真剣に考えてみる時に来ているのだと思います。
これが最後のチャンスかもしれないのですから。

ツゲの木と紫カタバミ2020年06月04日 16:33


ツゲの木と紫カタバミ

実家の庭のツゲの木陰に、紫カタバミの花がたくさん咲いています。
帰化植物だし、雑草だし、抜かなくてはいけないんだろうけど、可愛く咲いているので
ついそのままにしています。

植物は昔から好きですが、今の大変な状況下でも、いつもと変わらず咲く花や
風に揺れる木々を見ていると、気持ちがおだやかになります。
また、ちょうど薬草使いの話を書いているからかな、いっそう愛おしくなって
いつも以上に、話しかけたくなります。

モーツァルトを聞かせると美味しいトマトができるって、
昔、テレビで農家の人が言っていました。
植物も、ちゃんと音を聞いているのですよね。
植物になって、世界の音を聞いてみたら、どんな感じがするんだろう。
一度、聞いてみたいです。

アマリリスが咲きました2020年05月28日 16:48


我が家のアマリリス

鉢植えのアマリリスが咲きました。
八重咲きの赤いアマリリスで、とっても可憐です。
今年はなかなか花芽が出なくて、咲かないのかなと思っていたら、
先週ぐんぐん伸びてきて、昨日つぼみがほころんで、今朝、花開いてくれました。

「アマリリス」といえば、子どものころ、ピアノを始めたときに弾いた曲を
思い出します。
歌詞は忘れてしまったけど、「かわいいアマリリス」というところだけ覚えています。
そのころは、いまみたいにインターネットなんてなくて、
アマリリスってどんな花だろうと思っていました。

それから歳月が流れ、大人になって、そしてまた月日が流れたある日、
クロネコヤマトの配達員さんから
「アマリリスいりませんか?」と声をかけられたのです。
思わずうれしくなって、買ってしまいました。

どうしてクロネコさんがアマリリスを?と、ちょっと不思議でしたが、
オランダから輸入していたようで、白とブルーのデルフト焼き風の模様がついた鉢に
球根が植えられていました。

新春に咲くように、冬に窓辺に置いて育てる、というものでした。
いくつか買ったけれど、どれも新春に、見事な大輪のアマリリスを咲かせました。
それで、咲き終わった球根を、大きな鉢に移してみました。

わたしは植物を育てるのがへたで、いくつも枯らしてしまったけれど、
この赤いアマリリスは、毎年5月に、外で太陽の光をいっぱいに浴びて
元気に咲いてくれています。

連載中の『ユリディケ』には、ちょうど薬草使いの少女と弟が出ています。
あの子たちだったら、きっとどれも上手に育てただろうなぁ。
特に弟のリーは、植物の声が聞けて、話ができる男の子。
サラファーンの庭師のサピと同じく、わたしの憧れです。

『心の痛みを受けとめること』〜かっこちゃんの思い2020年05月12日 22:57


『心の痛みを受けとめること』

作家の山元加津子さん、こと、かっこちゃんとは、数年前、ハワイの従姉の紹介で
知り合いました。(前回のブログに書いた従姉です。)
かっこちゃんは、長らく養護学校の先生をされていて、現在は石川県の森を拠点に、
執筆のかたわら、世界を飛び回って講演活動をしたり、映画を作ったり、
意識障害の人を支える白雪姫プロジェクトを推進したりと、マルチに活躍されています。
それなのに、びっくりするほど謙虚なのです。

従姉はホノルルでさまざまな方を呼んでイベントをしているのですが、
かっこちゃんをお呼びしたとき、わたしの姪と甥が自閉症スペクトラムだと話してくれて
その後、日本での講演会で、初めてお目にかかりました。

その時、プレゼントしてくださったのが『心の痛みを受けとめること』というエッセイ。
大切なお友だちを亡くした深い悲しみの中で書かれた作品で、
心に染み入る静謐でやさしい文章に、今井ちひろさんの透明感のあるイラストが
そっと寄り添っています。

かっこちゃんは毎日温かなメルマガを発行しているのですが、
先週、特に深く胸を打たれた一通がありました。
以下にご紹介しますね。
快く掲載をOKしてくださったかっこちゃん、ありがとうございます。)

☆  ☆  ☆

「大切なのは、感謝の気持と相手の心の痛みを思うこと」〜かっこちゃんのメルマガより

五月の初め、短い文章の原稿の依頼をいただきました。「新型コロナウィルスの差別
について」という題でということでした。

私はなかなか書けなかったのです。それはずっと悩んでいたというか、考えていた
ことがあったからです。
私が教員になったころは、もう40年も前なので、今とはずいぶん違っていました。
脳性麻痺で体が不自由になられた方が多くおられた学校でした。
子供達の障がいは、感染(うつ)ったりはしないのですが、触ると感染ると
いわれることが問題になっていて、そんな差別はいけないといわれていたのです。
私はそのとき、世の中には感染る病気もたくさんあって、その方は、「感染らないの
だから、差別しないで」という言葉を聞かれて悲しくならないのかなと思いました。

それからしばらくして、エイズという病気が広がりました。中学生の道徳の人権の
授業で「手をつないでも感染りません。だから、教室で差別してはいけない」という
ことが言われていたときに、感染る病気をお持ちの方はどうしたらいいのだろうと
思いました。

南アフリカ共和国にでかけたときに、トーザさんという方が、「昔、皮膚の色は感染
ると言われていわれのない差別を受けました」とおっしゃいました。

私はそんな中で、感染るということについての差別、感染らないからという視点で
いいのかがわかりませんでした。

今年の初めのごろ。まだ武漢に大きな感染が起きた頃。高知へでかけたのです。朝の
テレビでサッポロ雪祭りの映像が映っていました。インタビューを受けておられた方
が「家族で武漢からきました。日本は安全なので」という放送がありました。私は
「怖い」と思ったのです。
そして、ロビーに降りた時に、中国語を話される方がおられました。咳をされたの
です。そのとたん、私は、顔をさっと背け、さーっと後ろにさがってしまいました。
その方を傷つけなかっただろうかと私はその日、何度も思いました。

感染るとか、触っても感染らないとか正しい情報を知ることは大切だけど、一番大切
なのは、エイズのときの授業でもどんなときも、人の悲しみを知ることなのかもしれ
ないなあと思いました。
でも、自分を感染から守りたい。感染をひろげたくないという思いがあるからこそ、
家にいて、人ごみを避けるのだとも思います。

一方、命をかけて私たちを守り続けてくださっている医療関係者のみなさんや、
長距離ドライバーさんやご家族に対して、差別があるということを聞くと、胸がしめ
つけられるように痛くなります。
また、感染することは、誰がなるかわからない。自分だったかもしれません。感染さ
れた方やご家族が差別されると聞くと、やっぱり悲しくて涙がこぼれます。
自分の気持ちがわからずにいて、私はなかなか800字で私の思いを書くことが難し
かったです。

でも、何度も思うのは、感謝の気持ちと、そして、相手の方の心の痛みを思いながら、
悩みながらもこれからもいたいということです。


☆  ☆  ☆


本当にそうですね。

感謝すること。相手の方の心の痛みを思うこと。

わたしも、いつもそうできる人間でありたいです。


かっこちゃんは今、以前出版されたファンタジー『魔女・モナの物語』を朗読しています。

やさしく語りかける声に、心がほんわりします。

(時々、「あ、ごめんね、間違えちゃった」と言ったりするのがまたチャーミング。)

↓↓

モナ森ラヂオ 『魔女・モナの物語』は第28回からです。