ツゲの木と紫カタバミ2020年06月04日 16:33


ツゲの木と紫カタバミ

実家の庭のツゲの木陰に、紫カタバミの花がたくさん咲いています。
帰化植物だし、雑草だし、抜かなくてはいけないんだろうけど、可愛く咲いているので
ついそのままにしています。

植物は昔から好きですが、今の大変な状況下でも、いつもと変わらず咲く花や
風に揺れる木々を見ていると、気持ちがおだやかになります。
また、ちょうど薬草使いの話を書いているからかな、いっそう愛おしくなって
いつも以上に、話しかけたくなります。

モーツァルトを聞かせると美味しいトマトができるって、
昔、テレビで農家の人が言っていました。
植物も、ちゃんと音を聞いているのですよね。
植物になって、世界の音を聞いてみたら、どんな感じがするんだろう。
一度、聞いてみたいです。

アマリリスが咲きました2020年05月28日 16:48


我が家のアマリリス

鉢植えのアマリリスが咲きました。
八重咲きの赤いアマリリスで、とっても可憐です。
今年はなかなか花芽が出なくて、咲かないのかなと思っていたら、
先週ぐんぐん伸びてきて、昨日つぼみがほころんで、今朝、花開いてくれました。

「アマリリス」といえば、子どものころ、ピアノを始めたときに弾いた曲を
思い出します。
歌詞は忘れてしまったけど、「かわいいアマリリス」というところだけ覚えています。
そのころは、いまみたいにインターネットなんてなくて、
アマリリスってどんな花だろうと思っていました。

それから歳月が流れ、大人になって、そしてまた月日が流れたある日、
クロネコヤマトの配達員さんから
「アマリリスいりませんか?」と声をかけられたのです。
思わずうれしくなって、買ってしまいました。

どうしてクロネコさんがアマリリスを?と、ちょっと不思議でしたが、
オランダから輸入していたようで、白とブルーのデルフト焼き風の模様がついた鉢に
球根が植えられていました。

新春に咲くように、冬に窓辺に置いて育てる、というものでした。
いくつか買ったけれど、どれも新春に、見事な大輪のアマリリスを咲かせました。
それで、咲き終わった球根を、大きな鉢に移してみました。

わたしは植物を育てるのがへたで、いくつも枯らしてしまったけれど、
この赤いアマリリスは、毎年5月に、外で太陽の光をいっぱいに浴びて
元気に咲いてくれています。

連載中の『ユリディケ』には、ちょうど薬草使いの少女と弟が出ています。
あの子たちだったら、きっとどれも上手に育てただろうなぁ。
特に弟のリーは、植物の声が聞けて、話ができる男の子。
サラファーンの庭師のサピと同じく、わたしの憧れです。

『心の痛みを受けとめること』〜かっこちゃんの思い2020年05月12日 22:57


『心の痛みを受けとめること』

作家の山元加津子さん、こと、かっこちゃんとは、数年前、ハワイの従姉の紹介で
知り合いました。(前回のブログに書いた従姉です。)
かっこちゃんは、長らく養護学校の先生をされていて、現在は石川県の森を拠点に、
執筆のかたわら、世界を飛び回って講演活動をしたり、映画を作ったり、
意識障害の人を支える白雪姫プロジェクトを推進したりと、マルチに活躍されています。
それなのに、びっくりするほど謙虚なのです。

従姉はホノルルでさまざまな方を呼んでイベントをしているのですが、
かっこちゃんをお呼びしたとき、わたしの姪と甥が自閉症スペクトラムだと話してくれて
その後、日本での講演会で、初めてお目にかかりました。

その時、プレゼントしてくださったのが『心の痛みを受けとめること』というエッセイ。
大切なお友だちを亡くした深い悲しみの中で書かれた作品で、
心に染み入る静謐でやさしい文章に、今井ちひろさんの透明感のあるイラストが
そっと寄り添っています。

かっこちゃんは毎日温かなメルマガを発行しているのですが、
先週、特に深く胸を打たれた一通がありました。
以下にご紹介しますね。
快く掲載をOKしてくださったかっこちゃん、ありがとうございます。)

☆  ☆  ☆

「大切なのは、感謝の気持と相手の心の痛みを思うこと」〜かっこちゃんのメルマガより

五月の初め、短い文章の原稿の依頼をいただきました。「新型コロナウィルスの差別
について」という題でということでした。

私はなかなか書けなかったのです。それはずっと悩んでいたというか、考えていた
ことがあったからです。
私が教員になったころは、もう40年も前なので、今とはずいぶん違っていました。
脳性麻痺で体が不自由になられた方が多くおられた学校でした。
子供達の障がいは、感染(うつ)ったりはしないのですが、触ると感染ると
いわれることが問題になっていて、そんな差別はいけないといわれていたのです。
私はそのとき、世の中には感染る病気もたくさんあって、その方は、「感染らないの
だから、差別しないで」という言葉を聞かれて悲しくならないのかなと思いました。

それからしばらくして、エイズという病気が広がりました。中学生の道徳の人権の
授業で「手をつないでも感染りません。だから、教室で差別してはいけない」という
ことが言われていたときに、感染る病気をお持ちの方はどうしたらいいのだろうと
思いました。

南アフリカ共和国にでかけたときに、トーザさんという方が、「昔、皮膚の色は感染
ると言われていわれのない差別を受けました」とおっしゃいました。

私はそんな中で、感染るということについての差別、感染らないからという視点で
いいのかがわかりませんでした。

今年の初めのごろ。まだ武漢に大きな感染が起きた頃。高知へでかけたのです。朝の
テレビでサッポロ雪祭りの映像が映っていました。インタビューを受けておられた方
が「家族で武漢からきました。日本は安全なので」という放送がありました。私は
「怖い」と思ったのです。
そして、ロビーに降りた時に、中国語を話される方がおられました。咳をされたの
です。そのとたん、私は、顔をさっと背け、さーっと後ろにさがってしまいました。
その方を傷つけなかっただろうかと私はその日、何度も思いました。

感染るとか、触っても感染らないとか正しい情報を知ることは大切だけど、一番大切
なのは、エイズのときの授業でもどんなときも、人の悲しみを知ることなのかもしれ
ないなあと思いました。
でも、自分を感染から守りたい。感染をひろげたくないという思いがあるからこそ、
家にいて、人ごみを避けるのだとも思います。

一方、命をかけて私たちを守り続けてくださっている医療関係者のみなさんや、
長距離ドライバーさんやご家族に対して、差別があるということを聞くと、胸がしめ
つけられるように痛くなります。
また、感染することは、誰がなるかわからない。自分だったかもしれません。感染さ
れた方やご家族が差別されると聞くと、やっぱり悲しくて涙がこぼれます。
自分の気持ちがわからずにいて、私はなかなか800字で私の思いを書くことが難し
かったです。

でも、何度も思うのは、感謝の気持ちと、そして、相手の方の心の痛みを思いながら、
悩みながらもこれからもいたいということです。


☆  ☆  ☆


本当にそうですね。

感謝すること。相手の方の心の痛みを思うこと。

わたしも、いつもそうできる人間でありたいです。


かっこちゃんは今、以前出版されたファンタジー『魔女・モナの物語』を朗読しています。

やさしく語りかける声に、心がほんわりします。

(時々、「あ、ごめんね、間違えちゃった」と言ったりするのがまたチャーミング。)

↓↓

モナ森ラヂオ 『魔女・モナの物語』は第28回からです。

みんなの力で時間をかせぐ〜心を合わせて世界を守ろう2020年04月19日 17:30


バーン=ジョーンズのステンドグラス(ウィンチェスター大聖堂)

16日、緊急事態宣言が全国に拡大されました。
誰にとっても、心身ともにつらい時間ですが、
今こそ、ラグビーの「ワンチーム」のように、全員の力が必要とされるとき。
ここが頑張りどころ、力の見せどころです。

新型コロナウイルスには、まだ、ワクチンや有効な治療法がないので、
ひとりひとりができるだけ家にいて、感染が広がるのをおさえ、
時間をかせぐことが、なによりも大切なんです。

なぜなら、その時間を使って、ワクチンや治療法を開発したり、
感染した人の治療をすることができますから。
(感染者が一気に増えると、医療が追いつかなくなるし、
無症状の人が感染を広げるリスクも、高まってしまいます。)

それに、気を緩めて外に出る人が増え、感染拡大がおさえられなかったら
「おうちにいよう」作戦は、何か月も長引いてしまうでしょう。
そんなことになったら、よけい大変。仕事を失う人も増えてしまいます。

人類の歴史を振り返ってみても、
これほどまでに全員の力が必要とされる時は、なかったのではないでしょうか。

今はできるだけ家にいて、みんなで心を合わせて、世界を、命を守りましょう。

そして、そんななか、忘れてはならないことが。
家にいたくても、いられない人がいます。子どもが心配でも高齢の親が心配でも
大事な使命のために、外に出ていかなくてはならない人たちが。

福岡市では、毎週金曜日の正午に、医療従事者の方々に感謝の拍手を送る
「フライデー・オベーション」が始まりました。
命の危険をかえりみず、最前線で戦っているお医者さん看護師さん、
救急救命士の方々や、そのほか大勢の人たち。その人たちがいなければ、
世界は文字通り、崩壊してしまいます。
本当に、ありがたいです。

物流にたずさわる人たち、スーパーやドラッグストアのレジの人たち、
公共交通機関にたずさわって休むことのできない人たち、
そのほか、日々の暮らしを支えてくれる人たちにも、たくさんの拍手を送りたいです。
本当に、ありがとうございます。

今朝は、イギリスの友人から、
元気でいようね、家にいながら楽しみを探そうねとメールが届きました。
全世界が、同じように、頑張っているんだと感じます。
日本だけじゃない。まさに、世界はワンチーム。

グローバル化の時代。
ひとつの国で感染が抑えられても、他の国で感染が広がれば
それはふたたび、めぐってきます。
どこかで爆発的な感染が起きれば、ウイルスが凶暴化することもないとも限りません。

この状況が、一日も早く終息しますよう、そして、
罹患して懸命に戦っている方々が一日も早く回復されますよう、心から願っています。

そして、すべての祈りを込めて、
一年半前訪れたウィンチェスター大聖堂で撮った写真を。
大好きな画家、エドワード・バーン・ジョーンズのステンドグラス。
ステンドグラスを通して降りそそぐ光に、心あらわれるようでした。

ウィンチェスター大聖堂

澄み渡った空の下で2020年04月15日 20:52


れんげ草

このごろ、とても空気が澄んでいると感じます。
春はよく春霞でかすんでいるのに、空は青く、遠い山並みもはっきり近くに見えることが
多いです。

そのことを一番はっきりと感じたのは、先週の満月の前日、ユーミンの歌でいうと
14番目の月。
夕刻、ほとんど満月に近い月が上がってきて、息を呑むほど大きくて美しかったです。
その後、天空に上がっても、やっぱり大きくて(なにしろ、翌日がスーパームーン)、
まばゆく白銀に輝いていました。
そして、いつも満月の前後は、星があまり見えなくなるのに、なんとびっくり、
それほど明るい月が輝くもとでも、星がたくさん瞬いていました。
よほど空が澄んでいるのだと思いました。

石川県の森にいる友だちも、星空がとてもきれいだと言っていますし、
ロサンゼルスの友だちは、車が全然なくて空気がきれいで、
30年前のロスにもどったみたいと言っています。
最初に武漢が封鎖され、大気汚染が劇的に減ったあと、
世界中で都市封鎖が行われるようになって、いっそうきれいになったのでしょう。

岐阜新聞の一面のコラム〈分水嶺〉でも、今朝、そのことが書かれていて、
思わず読みいってしまいました。
記事によると、実際、大気汚染をあらわす数値が改善しているそうで、
インド北部では数十年ぶりに、
200キロ離れたヒマラヤ山脈が、見晴らせるようになったそうです。

「封鎖が解除されれば元通りになると専門家は言うが、
今からでも取り戻せる景色として、心に留めておきたい」

コラムは、この星に住む生き物のひとつとして、
謙虚に自分たちの姿を見直したいと結ばれていて、とても心に響きました。

人類にとって、思いもかけなかったような、大きな試練。
けれども、この苦難の日々から、なにか学べることも、きっとあるはず。
そこに希望を見出したいと願っています。

写真は、実家の近くで咲いていたれんげ草です。
花って上から見ると、とても神秘的に見えますが、れんげ草は特にそうで、
春になるたび、思わず見とれてしまいます。

自然の中の一輪の花。宇宙そのものをあらわすような、完璧な美しさ。
人類も、宇宙の一部として、きっと本来は、美しいものではないでしょうか。
今夜はあいにく曇っていますが、
晴れた日には、また夜空を見上げて、そのことに思いを馳せたいです。

ツバメの子、空を飛ぶ練習をする2020年04月15日 13:54


ツバメ

昨日、郵便局に振り込みに行くと、窓口に、透明なシートがかかっていました。
入り口にも、アルコール液が置いてあります。
こころなしか、職員の皆さんも、緊張した面持ちでした。

帰り道、頭上からピイピイとなにか盛んに訴える声が聞こえてきました。
見上げると、民家の軒下で、ツバメが鳴いています。
屋外に引かれたなにかの配線に、ブランコのようにとまって、一生懸命に。
大人のツバメよりひとまわり小さく、羽もきれいにはそろっていません。

よく見ると、その奥に巣があって、巣の上にはきょうだいがいます。
そちらはじーっと沈黙。
あたりに親鳥はいません。餌をとりに行っているのかな。
それとも、もう巣立ちのときで、どこか近くで見守っているのでしょうか。

ツバメの子は、しばらくピイピイと鳴き続けていましたが、突然、えいっと
思い切ったように飛び立ちました。近くの木まで、数メートル。
わあ、頑張った! 思わず心で拍手。まだ短い距離だけど、途中で落ちたりしないで
ちゃんと飛べました!

そして、ひとり(一羽?)残されたきょうだい。ちょっとずつ、巣のふちに
でてきます。
ツバメ2

それから、ぱっと飛び立ちました。よかった、よかった。
(もしかしたら、下でスマホを構えている人間が、怖かっただけかも??)
自然の変わらぬ営みに、心がなごみます。

サラファーンの物語の中で、なにげないシーンなのですが、
リーヴが銀の森を歩きながら、倒木の下の茂み(だったと思う)に
春歌鳥の巣を見つけるシーンがあります。

薄緑色に黒い斑が入った小さな卵が並んでいて、無事に育つようにと願うのですが、
二羽の子ツバメたちも、元気に巣立って、大空を自由に舞って、
秋に南へ渡ったら、来春、また戻ってきてほしいと思います。
そのころには、人の社会もすっかり元気になって、明るく過ごしていますように。