祈りの日。未明の空。月とスピカとアンタレス2026年03月11日 13:17

身内のことで心配事があって、あまり眠れず、4時前に目を覚ましました。
窓の外を見ると、下弦の月が美しく輝いています。
その白銀の月と一直線に並んで、煌めくふたつの星が見えました。
国立天文台のWebサイトで調べてみました。
すぐ右手に見えるのが蠍座のアンタレス。その先に並ぶ青白い星が乙女座のスピカ。
月と惑星のランデブーはよく見ますが、恒星とこんなにきれいに並ぶ姿は
初めて見た気がします。

震災から15年となる未明の空。
下弦の月も星たちも、祈りを捧げているようでした。私も静かに祈りました。

震災の犠牲者は2万2千人を超え、いまだ避難生活を余儀なくされている方も、
原発事故の起きた福島を中心に2万六千人以上いるそうです。
故郷を離れて15年も避難生活をされている方がそんなにたくさんいるという事実。
除染もままならないのに、原発回帰をしようとしている国…。
子どもたちの未来を守るにはどうしたらよいのか、考えてしまいます。

今日の中日新聞の特集の中に、大川小学校で当時12歳だったお嬢さんを亡くされた
語り部、佐藤敏郎さんの記事がありました。何年も前、大川小学校を訪れた時、
お話を聞かせてくださった方の一人です。親が集まり、子どもたちを探した場所も、
見せていただきました。我が子を自分の手で土の中から探す切なさがわかりますか?
とおっしゃいました。誰も言葉がありませんでした。
子どもたちが言ったように、裏山に逃げていたら助かった命。
生徒の意見に耳を貸さなかった大人の判断が、その大人たちも含め、多くの犠牲者を
出してしまいました。
新聞には、佐藤さんがおっしゃったこんな言葉が紹介してあります。

「防災って希望そのもの。だって助かって喜べるんだよ。ハッピーエンドのためにある」

震災を風化させず、防災意識を高めようと活動されている
フィギュアスケーターの羽生結弦さんの記事も載っていました。
新しい演目のタイトルは「Happy End」
心に傷を抱えながらも前に進む姿を描いているそうで、これからも震災のことを
伝えていきたいと語っています。

私も、離れた地で揺れを体験しました。でもまさか、東日本であれほど大きな被害が
出ているとは、夢にも思いませんでした。
今も行方のわからない方が、2519人もいるそうです。
ご家族の思いはいかばかりでしょうか…。どうか、一日も早く見つかりますように。
あと少しで、午後2時46分です…。

記憶をつなぐ、未来へつむぐ2026年01月17日 17:46

夜明け前、夢を見ました。地震の夢です。
どこか場所はわかりませんが、わたしは建物の中にいて大きな揺れに見舞われています。
みんなパニック状態。ガラスの棚があり、それも大きく揺れて今にも倒れそうで、
一瞬揺れがおさまったとき、横にしておいたほうがいいね、と、そこにいた人たちと
みんなであらかじめ横倒しにして、次の揺れに備えました。
また揺れが来たところで、目が覚めました。

そんな夢を見たのは、未明になったら発生から31年になる阪神・淡路大震災に
思いを馳せて眠りに就いたからでしょう。
時刻は5時44分。外はまだ真っ暗です。あと2分で震災のあった時刻。
犠牲になった方々の魂が安らかでありますよう、静かに祈りを捧げました。

当時、私は岐阜にいましたが、下からどんと突き上げられる揺れで飛び起きました。
それから、ぐわんぐわんというような、なんともいえない大きな揺れが長く続きました。
普段の地震と全然違います。どこかで大きな地震が起こったのだと思いましたが、
テレビを付けても最初は情報が錯綜していました。
やがて、神戸が大変なことになっているとの報道に、衝撃を受けました。
当時、兵庫では地震の確率が高いとはまったくいわれていなかったのです。
東日本大震災も熊本地震も、地震が起きる確率は低いといわれていたと記憶しています。
日本は地震大国。どこにいても、備えは必要です。

今朝、神戸の東遊園地では、「つむぐ 1.17」という文字が灯籠でともされました。
追悼の思いを胸に刻みながら、記憶と教訓をつないでいくという決意、
日本中にいる地震で困っている人たちの気持ちを未来につむいでいきたいとの思いが
あるそうです。

犠牲になった方は6434名。それは亡くなられた人の数ですから、
その数字の意味するところは、もっともっと大きいです。
今回遺族代表で挨拶をされた佐藤悦子さんの母親の正子さんは、
今も行方がわからないままだといいます。
悦子さんは、震災は揺れがおさまったら終わりではない。家族を探し続ける日々があり、
今も大切な人に会いたいと思い続ける人がいることを知ってもらいたいよね、
大切な人との時間を大事にしてほしいよね、いう言葉が、切々と胸にしみました。

この世に生かされているということ、家族や友だちがいるということ、
ご飯を食べることができるということ、雨露をしのげる家があるということ。
すべてが「ありがたく、かけがいがないこと」なのだと思います。
未来へつむいでいきたい、大切な思いです。

地震お見舞い申し上げます。2025年12月10日 16:00

また東北で大きな地震があって、胸が痛みます。北海道でもかなり揺れたようです。
しかもこんな寒い時期。津波警報で夜中に避難するのもどんなに大変だったでしょう。
震度6強の一番被害の出たのが、クマ被害の大きな青森県だったのも、どうしてこんなに
大変なことが重なるのだろうと思ってしまいます。
「北海道・三陸沖後発地震注意報」も出され、一週間ほど注意が必要とのこと。

東北には友人たちもいて、気になります。私自身、風邪を引いているから、
こんなとき、病気や怪我の人のことも特に気になります。

被災された方々、怪我をされた方々にお見舞い申し上げますとともに、
これ以上の被害がありませんようにと心から祈っています。

あの日から14年になります2025年03月11日 11:41


雨上がりの水仙

大船渡の山林火災は、避難指示がすべて解除され、本当によかったです。
でも、ニュース映像で映し出される被災地の惨状に、胸が痛みます。

東日本大震災から14年になります。関連死も含めて2万2千人以上の犠牲者が出ました。
単なる数字ではありません。
そのひとりひとりに家族があり、人生があり、夢があったはずです。
どんなに無念だっただろうと思います。
亡くなられた方々のご冥福を心からお祈りしています。

昨日、ニュースで大川小学校の映像を見ました。震災遺構として整備されたようで、
以前訪れたときと違って、フェンスなどができていましたが、
そのときお話をしてくださった、娘さんをなくした方が、お話をされていました。
歳月が流れようと、残された方々の悲しみは、決して消えることはないと思います。
すごく辛いでしょうに、伝えていかないとという思いで、語り部をされているのだと
思います。子どもたちが生きた証と、二度とこんなことがあってはならないと
伝えるために。すぐ裏の山にさえ逃げれば、助かったのですから。
亡くなった子どもたちは、どんなふうに天から見つめているのでしょうか。
銀河鉄道の夜を描いた壁画は、まだ残っているのかな…。また必ず訪れたい場所です。

地震の翌日には、福島の原発で水素爆発が起こりました。
未だに故郷に帰れない人たちがいる現実を前に、政府は原発回帰に向かっています。
CO2削減のためといいますが、あの事故で、原発は安全ではないとわかったはずで、
気候危機を言い訳にするのは、とんでもないことです。
遅々として進まない廃炉。原発は結局、高くつきます。それは電気代に上乗せされて
いるんです。他のクリーンなエネルギーの開発に力を入れてほしいです。

今年は、戦後80年の節目となる年でもあります。
昨日は、東京大空襲から80年でした。広島や長崎の被災者と同様、当時のことを
語れる方が減っているなか、若い人で語り部を受け継ぐ方たちも現れていることに、
希望を感じます。
一方、被団協がノーベル平和賞を受賞したのに、先日の核兵器禁止条約締結会議に、
日本は今回もオブザーバー参加もしませんでした。
世界情勢がいつになくきな臭くなっている今、核の傘に頼っている手前、できなかったの
でしょうが、一触即発の危険がすぐそこにある今だからこそ、
勇気を持って、核兵器の廃絶を訴えてほしいです。

数日前、雨上がりの散歩をしていたら、路地で、水仙が雨粒を宿し、清楚に咲いていました。
水仙はギリシャ神話のナルキッソスの物語から、「うぬぼれ」という花言葉がありますが、
「気高さ」もあるそうです。
寒い季節にいち早く咲くことから、縁起が良いと言われているとも聞きました。
どうか被災地が元気に復興を遂げますように。そして、世界が良い方向に向かいますように。
あの日から14年となる今日、私も早く元気になって、できるだけのことをしようと、
新たに心に誓います。

大船渡の山林火災の一刻も早い鎮火を願って2025年03月02日 11:10

先月26日に発生した大船渡の森林火災が、延焼を続けています。
住宅の被害は、少なくとも84棟、消失した面積は1800ヘクタール。数日で、これほど大きな火災になるなんて、想像を絶します。

大船渡は東日本大震災で最大10メートルを超える津波に襲われ、甚大な被害を受けた街。
能登もそうですが、なぜ同じ場所が繰り返し大きな災害に見舞われるのでしょう。
とても理不尽で、どんな思いで避難をされているのかと思うと、胸がつまります。
LAでの森林火災で、友だちが避難したのはついこの間のことです。
恐ろしい災害が、今度は東北で起こるなんて。

今日も風が強く、消防活動が難航していると聞きます。
亡くなった方の御冥福をお祈りするとともに、一刻も早く火が鎮まることを願っています。
そして、消火にあたっている方々が、どうか無事で、怪我などありませんように。

義援金の呼びかけが始まっています。こちらが大船渡市のホームページです。
↓↓

その他NPOやドコモ、Yahooも受け付けています。(詐欺には注意してくださいね。)

東北には友だちが何人かいて、東日本大震災のときとても心配しましたが、
大船渡市には、高校時代の、ささやかな思い出があります。

当時、新沼謙治さんの素朴な人柄に惹かれてファンになったわたしは、
初めてファンクラブなるものに入りました。
抽選で本人から電話がかかってくるとのことでしたが、ある午後、学校から帰ったら、
本当にかかってきて、びっくりしました。
お母様のお名前がわたしと同じ「文子」であることや、
故郷の大船渡について、とても美しいところだと言われたのを覚えています。
(後ろから、最初に電話を取り次いだ事務所の方が「もう時間ですよ!」と何度も言って
いるのに、少し長く話してくれる優しい方でした。歌の好みはその後いろいろと
変わっていきましたが、あの優しさは忘れません。)
風がやみ、消火活動が進んで、その美しい大地が、できるだけ守られますように。

「みんな一緒に生きている」2025年01月30日 22:36

痛ましい事故や事件が続いています。
悲しみややりきれなさに胸がつまります。
自分は呑気に生きてていいのかな、と思ったりもします。
そんな思いに駆られて、切なくなる人は、たくさんいるでしょう。
どうして?と問いかけても、こたえは返ってきません。

以前、東日本大震災の被災地、大川小学校のあとを訪れたとき、
語り部の若者が、ここであったことをずっと伝えていきたいと言いながら、
最後に口にした言葉が、ずっと心に残っています。
「亡くなった先生も生徒も、地域の人たちも、みんな一緒に生きている。
そう思っています」
おだやかな口調。静かな声。やさしく、それでいて真剣な瞳…。

そういう気持ちで、この場に立っている。そう思って生きているし、
これからも生きていく。そんな決意だと感じました。
今も時々思い出しては、彼の思いを、私はきちんと汲み取っているのかなと
考えたりもします。

去年のこと。
同じ時期に闘病生活を送ったのに、マーガレットは亡くなり、私は生きている。
なぜ彼女であり、私ではなかったのか。
どうして?と問いかけても、こたえはありません。
でも、彼女の分も生きることを、きっとマーガレットも望んでいると、
今は思っています。

広い宇宙で、同じ星に生まれたことは、きっと奇跡。
生きている者の命は、自分だけの命ではない。
亡くなった人も、生きている人も、みんな一緒に今を生きている。

こたえはわからないけれど、亡くなった人の人生を慈しむように、
その人たちの分も丁寧に生きること。それが大切なのかな、と感じています。

祈りの日 20242024年03月11日 22:10

3月11日。あの日から13年の歳月が流れました。
地震のあった午後2時46分、そして、能登半島地震のあった午後4時10分にも、
各地で黙祷が捧げられたと、テレビのニュースで伝えていました。
東北の方々が、能登の人々へ思いを伝えている姿に、
また、能登の人々が、東北の人々への祈りを捧げている姿に、心を打たれました。

ずっと、忘れてはならないこと。忘れてはならない日。
関連死を含めて亡くなった方と行方不明の方は2万2222名。
今なお2万9千名以上の方が避難生活をされているそうです。
福島第一原発事故の被害も影響も、依然深刻です。廃炉への道も不透明。
そんな現状にもかかわらず、そして元旦の大きな震災があったにもかかわらず、
原子力規制委員会は、能登半島にある志賀原発の再稼働を問題がないとしています。
不安で仕方ありません。地元の方はなおさらではないでしょうか。

実際に被災した方にしかわからないことが、たくさんあると思いますが、私も私なりに、
いろいろ考え、伝え続けていきたいと思っています。

言葉にできない思いで、胸がいっぱいになるとき、私はよく散歩に出ます。
今日の午後は、家から少し離れた街をあてもなく歩きました。
途中、小さな公園に、ボランティアの方が作った花壇を見つけました。
とても清楚な白い水仙がたくさん。黄色い水仙も愛らしいです。
もうネモフィラが咲いていて、名前の分からない隣の濃い紫の花の隣で揺れていました。
昨日までは強風が吹いていたのですが、とても静かな午後でした。
花たちも祈りを捧げているように思えました。

水仙

ネモフィラ、水仙

北陸のソウルフード(揚あられ)ビーバー3種2024年03月09日 17:38

先日、金沢の友だちが、地元を応援したいから、と送ってくれた北陸のソウルフード、
揚あられのビーバー。すぐになくなり、私も北陸応援にと(というより食いしん坊だから?)オンラインショップで取り寄せました。美味しいですよ〜♪
左から、梅味、カレー味、普通?のビーバー。白えび、カニ、あおさもあります。
北陸製菓のサイトによると、1970年の万博のカナダで展示されていたビーバー人形の歯と
お菓子を2本並べた形が似ていることが名前の由来とか。
ほどよい塩加減と昆布の旨味と書いてありますが、その通り。
封を開けると止まらなくなって、ほんと「危険なお菓子」です。

ビーバー3種

能登の地震から、2か月以上。
まだ断水が続いているところがあって、どんなに大変な毎日だろうと胸が痛いです。
どうか、一日も早く復旧しますように。皆さんにおだやかな笑顔が戻りますように。

そして、11日には、東日本大震災から丸13年を迎えます。東北もまだ復興半ばです。
津波あとの大川小学校の光景や、語り部の方たちのお話が、ずっと忘れられません。
せめて、今も行方の分からない4人のお子さんたちが、見つかりますように…。
その方たちを含めて、東日本大震災の行方不明者は、2520人だそうです。
そんなにたくさんの方の行方が未だわからないという現実に、言葉がありません…。

また東北を旅したいです。
そして、もう少し落ち着いたら、北陸にも足を運びたいです。