ネモフィラとローレアの花 ― 2024年04月22日 20:36
武蔵丘陵森林公園を訪れた従兄が、ネモフィラの写真を送ってくれました(というか
撮ってきて〜とお願いした)。今月の14日。満開の少し前だそうです。
水色の花が一面に咲く光景、憧れです。写真を見ているだけで、心が飛んで、とっても
嬉しかったです。
©T.S.
©T.S.
近くでは、ネモフィラは公園でみるくらいですが、たくさん咲いている光景をこの目で
見てみたい! 去年もそう思いながら、出かけられなかったのですが、
愛知牧場で満開だと聞いて、本日思い立って(&思い切って)、母のリハビリに行く前
行ってきました。
駐車場から少し傾斜がありますが、母も見てみたいと言って、杖をついて、柵につかまり
ネモフィラの咲く丘まで一緒に行きました。花畑の中は足元がよくなくて、私ひとりで
入りましたが、蜜蜂も飛んでいて、水色の花が本当にきれいでした(アップの写真には
蜜蜂がいます。偶然入っていたのですが、わかるでしょうか?)。
曇り空だったのが少し残念でしたが、牧場は涼しくてよかったです。
愛知牧場はジェラートが有名と聞いていたので、ゆっくり降りながら、ジェラートのある
モーハウスに行きました。ジェラートなんて本当に久し振り。ブルーベリーとイチゴの
ダブル(とっても美味しくてすっかり満足し、プリンとかお土産を買うのを
すっかり忘れてしまいました)。
ネモフィラの丘は、武蔵丘陵公園のように広くはないけれど、それでもこんなにたくさん
ネモフィラを見たのは初めてで、心が洗われました。
『ユリディケ』とサラファーン四部作に登場するローレアは小さな水色の花です。
水色の花が絨毯のように丘を染める光景が浮かんできて、それが物語の冒頭になりました。
ネモフィラは子どものころは周りになく、その存在を知ったのはずいぶんあとですが、
水色の花が咲き乱れる写真を見て、いつか見てみたいとずっと思っていました。
ローレアの花は、平和の象徴であり、最果ての国にしか咲かないので、最果ての国に住む
主人公たちにとっては、故郷を象徴する花でもあり、
また、ヒロインの少女たちの友情を象徴する花でもあります。
そんなローレア咲き乱れる光景は、子どものころのれんげ畑が原風景になっているのだと、
物語を書いたあとで気がつきました。
幼い頃に住んでいた小さな一軒家は、春になると一面、たんぼがれんげの花に囲まれて、
その中で友だちと毎日遊んだものです。
れんげは紫がかったピンクの花ですが、あたり一面を絨毯のように染めるところは
ローレアと同じ。
ネモフィラの咲き乱れる光景は、そんな子どものころの原風景と、物語の世界を、
同時に感じさせてくれる、私にとって夢のような花です。
地下鉄と羊羹と内村航平さん ― 2024年04月20日 23:34
来週親戚を訪ねるのに、母が和菓子を買いに行きたいと言いました。
母の世代で和菓子といえば羊羹。羊羹といえば「とらや」だそうで、
デパートに行くことに。
バス停に着くと、母がバッグをごそごそ。嫌な予感。案の定…「忘れた」
「スマホ?」
「ううん。敬老パス」
名古屋市では、65歳以上は市内で自由に使える交通パスをもらえます。
(申請と負担金が必要ですが、とてもお得です。)
デパートにはバスと地下鉄を乗り継ぐので、往復1000円弱。
え〜、もったいない。
でも、敬老パスを取りに戻れば、次のバスまで30分。時間がもったいない。
戻るべきか、戻らざるべきか…。問題を議論すること1分。
「そうだ! いいこと思いついた」と私。「土日エコ切符があるよ」
土日に限られますが、620円で一日乗り放題です。
そうしろと言わんばかりに、バスがやってきました。
地下鉄に乗り換え、バリアフリーの道をひたすら行きます。
エレベーターを求めて、遠回りすることも多いですが、
少しは歩かないと、筋肉が弱ってしまうし、
母には杖という味方があるから、ゆっくりなら歩けます。
たどり着いたデパートで、まずは軽めのランチ。
土曜日で混んでいて、なかなか料理が出てこなかったけど、
その分ゆっくりできました。
目的の羊羹をゲットし、他にも少し用事を済ませたところで、母がいいました。
「タクシーで帰ろうよ」
「え? それじゃ、土日エコ切符の元が取れないよ?」
「ほんと? じゃあ、地下鉄」
ということで、地下鉄の乗り場につながるデパートの南館に向かいました。
すると、黒山の人だかりが。某寝具メーカーの商品がずらりと並んだ先、
ステージの上には、見たことのある男性が。
内村航平さん。黒いシャツ(ジャケットだったかも)姿ですっきり。
係の人に「どうぞ前の方に行って椅子に座ってください」と言われ、
少しずつ前に移動してみたのですが、椅子はいっぱい。
なので、杖の母の体力の持つ限り(ウルトラマンやカップ麺よりは少し長い)
お話を聞きました。
大変良く眠られるそうで(大谷翔平さんもそうですね)
ロンドン五輪から帰国したときは20時間眠ったとか。
寝具メーカー主催なので、当然、どのモデルを使っているかという話になり、
3つのパートに分かれるやつという回答でした。
肩幅が広いので、肩の部分は寝返りを打ちやすいやわらかいパートを
腰と足は硬めのを、とのこと。なるほど。そんな考え方があるのですね。
身体が固くて寝返りの打てない私には、大変参考になります。
続いて「(よく眠るために)睡眠前になにかルーティーンは?」という質問。
なかなか寝付けない人間としては、是非聞かなければ!
アロマは使わないそうですがとMCの方。「使いません」ときっぱり。
あえて言えば、照明もちょっと暗くするくらいかなと。
「ストレッチはします。寝る前にストレッチをすると、入眠しやすく思います」
そういえば、精神科の先生にも、寝る前のストレッチをすすめられていました。
入眠剤を飲んでいますが、身体が自然に眠る体制にはいっていくのが、
本当は理想ですね。
今からさっそくストレッチしようと思います!
一昨日も大きな地震があり、この数日間、いろいろと考えていますが
考えがまとまりません。たぶん、ずっとまとまらないと思いますが、もう少し
昼間の時間帯に、書きますね。
あ、もう、0時をまわってしまいました。では、有言実行で、ストレッチを。
鶴舞公園より〜噴水と奏楽堂とライラック ― 2024年04月14日 10:27
水曜日、精神科の診察の帰りに、妹と鶴舞公園に行きました。
ずっと行きたいと思いながら、ふたりとも初めてです。母も行きたがっているので、
バリアフリーの道を確認しておきたいというのもありました。
案内所でそのことを伝えると、スタッフの方がバリアフリーの地図をコピーして
色々と教えてくださり、さらに、案内所から出て、地下鉄のエレベーターまで教えて
くださって、妹と感動しました。
20度をこえる陽気で、ローマ様式という噴水塔が涼し気でした。
桜は半分散っていましたが、平日にもかかわらず、人がいっぱいです。
こちらの枝垂れ桜がちょうど満開でした。
そして、鶴舞公園のシンボルともいえる奏楽堂。こちらはルネッサンス様式。
このあたりまで歩くと、人もあまりいません。
近づくと、屋根に白い竪琴があり、階段の手すりもスワンの形をした竪琴。
周囲の手すりには楽譜があしらわれています。
先ほどの女性スタッフに教えてもらったサトザクラと、ライラックの花も素敵でした。
ライラックは薄紫と白の2本が、寄り添うように並んでいました。
白いライラックの木から撮ったショット。紫のライラックが重なって見えます。
リラの木ともいいますね。『赤毛のアン』のモンゴメリーの本に、よく出てきた記憶が
あります。あこがれの木のひとつ。
とても良い香りをあたりに漂わせていました。
鶴舞公園は、明治42年(1909年)に名古屋市が設置した最初の公園で、
近代フランス式の洋風庭園と回遊式の日本庭園をあわせもっているとのこと。
桜や薔薇、ショウブ、紫陽花、睡蓮など、季節ごとの花が楽しめるようになっています。
花壇にはちょうど、大好きな青い花、忘れな草とネモフィラも咲いていました。
素敵な案内所のスタッフの方、ありがとうございました。
心なごむひとときが過ごせました。今度は母と訪れたいです。
追記:今日は熊本地震の最初の激震(前震)から8年。2日後の未明に本震があり、
本当に驚きました。被災地の方にはどれほど衝撃だったかと思います。その地震で
心臓病の女の子が、転院を余儀なくされて亡くなったとニュースで見ました。
女の子のお母さんは、病院の庭園で花を育てているそうです。花壇にいろんな花が
揺れていました。マーガレットでしょうか、白い花がとても可憐でした。
空からはよく見えるかな、成長を見守ってね、と言っておられました。
(少し言葉が違ったらごめんなさい。そういう意味の言葉でした。)
花の季節です。清らかな花たちに、亡くなった方々の魂や、被災された方々の心が、
少しでもやすらぎますように。
薄墨桜が満開を迎えています ― 2024年04月08日 19:36
幼なじみの絵里ちゃんが、根尾谷の薄墨桜を見に行って、写真を送ってくれました。
ご覧の通りの満開。午後だったので、逆光だったのが残念と言っていましたが
太陽を背景に、樹齢1500年を超える桜の大木がたたずむ姿は、とても神秘的です。
©Eriko
「儚げと聞いていましたが、力強さを感じ、生きる力をいただいたような気がします」と
メッセージが添えられていました。(写真載せていいよ〜と言ってくれました☺)
©Eriko
故郷の岐阜の桜ですし、10年ほど前、私も行きましたが、休日の午前中だったからか
観光客がいっぱいで、あまりゆっくりは見れませんでした。でも、薄墨桜の名の通り
薄い墨色がかった淡いピンクの花が咲き誇る様子は、やはり大きな生命力を感じました。
柵で囲われて、周りには屋台のお店が並んでいましたが、
昔、母が叔母と訪れたときには、なにもないところに一本だけ桜の大木がたたずんで
それがとてもよかったそうです。
有名になってしまった今では、そんな光景は想像することしかできなくて、
そのころ見ておきたかったなぁと、ちょっと残念ですが、
今は、本巣市が、ライブカメラで見られるようにしています。
静かな誰もいない時間帯、おうちで独り占め、ということもできますね。
URLはこちらです。静止画と動画が楽しめます。よければスクロールしてみてくださいね。
↓↓
台湾で大きな地震がありました ― 2024年04月04日 16:32
昨日、台湾で地震がありました。沖縄も揺れて、津波が来るほどの大きな地震。
怪我をした人が1000人以上で、亡くなった人も、まだ行方不明の人もいます。
救出活動が少しでも早く進むよう祈っています。
台湾の友だちと連絡が取れなくなって、もうじき一年になります。
とても心配です。
地震のお見舞いのメールを送りましたが、今のところ返信はありません…。
今朝近所を歩くと、件のオオシマザクラは、ほとんど満開を迎えていました。
花や星の写真を送ると、いつも喜んでくれた彼。
彼とご家族の無事と、被災地への祈りを込めて、今朝の姿をアップします。
追記:夕方も散策に出ました。こちらはオオシマザクラから少し離れてたたずむ、
淡いピンクの八重桜。白に近い色で、妖精のまとうシフォンのドレスのようです。
友だちに願いが届きますように。
朝の光、そして夜風の中のオオシマザクラ ― 2024年04月02日 09:52
昨日の朝、オオシマザクラが気になって、起きてすぐ見に行きました。
澄んだ青空に、花びらもうす青く透けるようで、いっそう清楚に神秘的に見えました。
朝もかなり吹いていた風が、昼になるにつれて激しく吹き荒れ、夜まで吹き荒れました。
昼間の暖かさで開花は進んだでしょうが、どうなったでしょう。
散歩がてら見に行くと、朝よりたくさん咲いていて、強風に吹かれながらも
白くほのかな光を帯びて、健気な姿を見せていました。
強風にスマホの手ブレ補正がついていけてません(撮影者の技術の未熟さによるものでは
ないと思われます。言い訳? しっかりした枝の花は、ブレていないので、そうかなと)。
昨日で、能登の震災から三ヶ月なのですね。ニュースで現状を見ましたが、まだまだひどい状況です。いちいちも早い復興を祈っています。
そんななか、今日の早朝も、東北で地震がありました。東北の復興も、いまだに途上です。
ほかにもたくさんの被災地があります。
大切な税金は、まず、各地の復興や子どもたちの教育、福祉に使ってほしいです。
それがこの国の未来を作るのですから。
今日は全国的に晴れて、暖かくなるところが多い予報です。
各地で花開くさまざまな桜が、春の花たちが、新たな希望をもたらしますように。
オオシマザクラが咲きました ― 2024年03月31日 19:40
今日の名古屋は初夏の陽気でした。近所のオオシマザクラは、昨日までつぼみが少しずつ
ふくらんでいたのですが、今朝、一気に花開きました。
白くて貴婦人のようです。毎春咲くのがとても楽しみで、よく近くを歩きます。
葉っぱも一緒に出るので、新緑と白い花が、とっても清楚。
下は昨日の写真。こんなふうに、まだつぼみだったのに、たった一夜で咲くんですね。
四部作や『ユリディケ』に登場する純白の林檎の花は、この桜のイメージに近いかな。
そうそう。『ユリディケ』の地図はすでに仕上がっています。私の手描きの地図を、
従兄がパソコンでデータ化してくれました(物語に沿って、何度もチェックしたため
数え切れないほどーー冗談じゃなく100回以上ーー手直ししてもらいました!)。
現在荒川ディレクター多忙につき、Websiteへの公開はいましばらくお待ち下さいね。
杏の花が咲きました ― 2024年03月24日 22:10
友だちから、庭の杏(あんず)が咲いたとメールをもらって、名古屋大学の杏のことを
思い出しました。去年、名大に杏の木があると初めて知って、見に行ったのでした。
ネットで調べたら、今年の満開は14日だったと出ています。
大好きな杏の花を見逃す手はません! 急いで今朝行ってきました。
地下鉄の駅を降りて広場に出ると、博物館の建物の先に、淡いピンクの花が見えました。
あ〜よかった、間に合った!
地面には花びらがいっぱい散っていましたが、雨が降るなか、ご覧の通り、
可憐な花が、まだ半分ほど残っていました。
杏は花も実も大好きで、物語でもたくさん使っています。
『杏の花の咲くしたで』は、戦場の若者たちが、故郷(の恋人)を思って歌う歌です。
杏の花は、歌詞の二番に使いました。
村一番のべっぴんさん
鍛冶屋の息子に首ったけ
けれども平和が訪れて
いつか故郷に戻ったら
杏の花の咲くしたで
ぼくと踊ってくれるかい
いま、ウクライナやガザの戦場で戦う若者たちも、きっと故郷を、そして大切な人を
恋しく思っていると思うと、切なくなります。
世界中の戦争、紛争が、一日も早く終わるよう祈らずにはいられません。
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