御衣黄桜を見かけました ― 2026年04月12日 12:03
血液内科の先生に毎日5000から6000歩、歩くよう推奨されていますが
ふらつきがあるので、なかなか達成できません。でも、昨日は頑張って少し遠くに足を
のばしたところ、薄緑色のとってもきれいな八重桜を発見。
毎年楽しみにしていた、散歩道の純白のオオシマザクラが切り倒されてしまって
とても寂しかったので、白っぽい桜を見つけて、すごく嬉しかったです。
先生に言われた通り散歩すると、いいことあるな〜。
帰宅後に調べたら、御衣黄桜だとわかりました。
なんと、オオシマザクラを基に生まれた日本原産のサトザクラだそうで、
貴族の衣服の萌黄色に近いことから、この名前がつけられたそうです。
そういわれれば、萌葱色。
中央が紅色をしていますが、これは開花のときには目立たなくて、緑色一色の花に
見えるそうです。
次第にこの赤色が増してきて、花の終わりには全体が赤くなるそうです。
(二度花見の時期があると言われているようです。)
上は背伸びして、花に近づいて撮った写真。
こちらは、背伸びしないで撮った写真。
クリック拡大で、雰囲気が伝わるでしょうか。
妖精のドレスのような、繊細な花びらで、青空を背景に、凛と咲く様子が美しかったです。
アルテミスⅡの宇宙船オリオンが、無事地球に帰還して(よかった!!)、宇宙飛行士たちが
地球の美しさ、素晴らしさを語っていました。
こんなきれいな星を破壊し続けるなんて、本当にばかげています。
パキスタンで行われているアメリカとイランの対面協議、難航していますが、恒久的な
停戦につながりますように!
太陽の神から月の女神へ ― 2026年04月06日 20:01
戦争の暗いニュースが続くなか、久々の明るいニュース。
アルテミスⅡが、日本時間の今日、月の重力圏に入ったそうです。
NASAの打ち上げの日は、ちょうど満月。あの輝きを目指して行くのだと、感慨深く
思わず外に出て、パシャリ。(いつものiPhoneSEではっきりしない写真でごめんなさい。)
子どものころ、アポロ11号の月面着陸に世界中が沸き立ったことを思い出します。
半月よりふっくらした月を眺めながら、いま、あそこに人がいるんだ!と
とっても不思議な気持ちになって、長い間外に立って見つめていたことが、
つい昨日のように思い出されます。
あのときは、記憶にある通り、上弦から満月に向かう月だったようですが、
今回は、満月から下限へと欠けゆく月。
こちらは、昨日の月です。(今夜は曇っていて残念ながら見えていません。)
クリック拡大すると、かろうじて少し欠けているのがわかるでしょうか。
アルテミスⅡから送られてきた地球の写真は、青くて、オーロラも映っていて、
国境はありません。
月にも、そんな境界はないでしょう。宇宙開発、現在は競争しているけれど、
そうではなく、各国が手に手を取って、仲良くやってほしいと願っています。
地上の戦争も早く終わりますように!
太陽の神アポロン(アポロ)から、月の女神アルテミスへと受け継がれた月へのミッション。
今回は月面着陸はなく、フライバイしての帰還で、明日は月の裏側に周り、
地球との通信がいっときとれなくなるそうです。無事に通信圏に戻り、ミッションを終え、
還ってくることを祈りながら、楽しみに待っています🌖
ヒヤシンスとクロッカス〜花は優し ― 2026年03月28日 17:06
物語には、自分の好きなものをたくさん描きます。
ファンタジーを書く時は、実際に地球上にある木々や花々も、想像上のものも一緒に
描けるところが楽しいです。
散策中に街角で見かけたヒヤシンスとクロッカス。通る人を楽しませるように
外壁に沿って、細長い花壇がありました。
ヒヤシンスとクロッカスが咲いていて、小学校で教室の窓辺で水栽培をしたのを
思い出しました。なつかしいです。
どちらも大好きな花で、教室で育てたヒヤシンスはこの紫色。クロッカスは黄色でした。
こちらの花壇のクロッカスは紫色で、清楚なたたずまいです。
ピンクのヒヤシンスもありました。
桜も名古屋は満開を迎えました。
少し前、仕事のことで、ガ〜ン!と思い切り落ち込むことがあったのですが、その後、
家族のことで激震が走る出来事が勃発。落ち込んでいる場合じゃありません。
その出来事と連鎖して、妹が心身の状態を崩し、それも心配です。やっと元気になって
きた矢先でした。私にできることは限られているけれど、会社時代の先輩の力も借りて、
日々奔走し、頑張りました。
化学療法の副作用はまだきついけど、そんなことも言ってる場合じゃなかったから。
あとは「人事を尽くして天命を待」ち、またなにかできることが見つかれば、
全力でぶつかります!
坂本花織さん(世界選手権での優勝、おめでとうございます!)の言葉を借りれば
「やったるで〜!」
誰もが悩みや問題を抱えて生きているんですよね。
決してあきらめない強い心を持ちたいです。
春爛漫。花たちはエールを送ってくれるように、優しくほほえみかけてくれます。
上弦の月と木星と双子座と ― 2026年03月26日 22:03
昼間、買い物を兼ねて散歩に出ると、青空に上弦の月が見えました。
写真の中央辺りです。クリック拡大でわかるでしょうか。
夜になると木星とのランデブーが見られるはずだと思い出し、いましがた、
外に出てきました。空に雲はほとんどなく、見えました!
肉眼だとはっきり見えるのですが、私のiPhoneSEでは、下の写真が限界です。
半月がふっくらと映ってしまいます。
左手に見えるのが木星です。現在、マイナス2等級で非常に明るいです。
月の上の方に、斜めになって2つの星が見えますか?
双子座のカストルとポルックス。微かに映っているんですけれど、ほとんど見えない
ですね。いいカメラを持っていなくて残念です。
今夜の名古屋は星がたくさん出ています。北極星もきれいに見えています。
月や星たちは、子どものころからずっとやさしい友だち。
悲しいことや辛いことがあるときも、眺めていると、心がやすらぎます。
満開の桜の下で ― 2026年03月23日 20:16
整形外科に行った折り、待ち時間にあたりを散策しました。小さな桜並木があり
風の通り道や、日のあたり具合によって、開花の早さが違い、まだ5〜6輪しか開いて
いない木もありましたが(その数だと、気象庁では開花宣言かな?)
写真のような満開の木もあって、可憐なピンクの花が青空に映え、思わずたたずんで長いこと
見上げていました。風が吹くと、はらはらと花びらが舞ってきます。なんてきれい!
青空と桜の木とそよ風とひとつになって、いつまでもそこにいたかったです。
後ろ髪を引かれる思いで整形外科に戻ったら、すぐに順番が来ました。ぎりぎりセーフ!
イラン情勢が緊迫したままだし、そのあいだにロシアはウクライナに猛攻をしかけるし、
戦火がどんどん広がって、不安な毎日です。悲惨な事故のニュースも続いています。
どうして人は、自分たちの住む世界を傷つけるのでしょう。私たちはみんな、
地球という船に乗っている仲間。人を、他国を攻撃するということは、自分を、自国を
攻撃するにも等しいのに、ものすごく不思議です。
個人的にも、身内の問題や、ほかにも色々重なって、切ないです。
それでも、桜はこんなに美しく咲いています。
待つこと。希望を持つこと。大切なのはその二つだと言ったのは誰だったでしょう。
精一杯自分のできることをして、希望を持って待ちたいと思います。
世界中に、春よ来い♡
名古屋大学の杏が満開です ― 2026年03月17日 17:42
先週、先輩の家の杏の花が咲いたと写真を添えてメールが届き、
名古屋大学の杏も咲いているかも!と思ったのですが、なかなか行けませんでした。
いつも名古屋大学は杏開花のモニター調査をしているので、調べてみたら、
今年は6日に咲き始め、12日に満開を迎えたとのこと。まだ満開のようです。
今日、ようやく時間を見つけて行ってきました。
ご覧の通り、清楚に、そして、可憐に咲き誇っていました!
朝、いつもは遠くに見える山が見えないほど花粉か黄砂かで霞んでいたのですが、
お昼すぎに着くと、頭上は真っ青に晴れて、雲ひとつない空。
杏は桜と違って、満開でも空がたくさん見えて、違った風情があります。
ピンクの花を縁る紅色も、なにかやさしい感じがして、とても好きです。
花が可憐な上に、実がなると、それがまた美味しいのがいいですよね。
杏の木は、林檎と同じく、物語に何度も登場させています。杏ジャムも!
やっぱり好きなものをたくさん描いてしまいます。
下の写真は、先輩のお庭の杏。オリジナルは縦長の美しい写真なのですが、
どういうわけか、このブログに取り入れると、横に長く引き伸ばされてしまうので、
上下をカットして、横長の写真として取り込みました。
(オリジナルが載せられず、もっと芸術的な写真なのに、残念です!)
でも、雰囲気だけは伝わるでしょうか。
©️S.N
杏の花がたくさん咲いている光景、憧れです。信州には杏の里があるのですよね。
いつか行ってみたいなぁ。
4部作には、戦地の若者が、杏の花咲く故郷と片思いの娘を思う歌が出てきます。
歌詞はサラファーンの星公式サイトに掲載していますが、曲もあるので(私が書いたので
ほんと素朴な曲ですが)どこかで公開できればいいなと思っています。
そういえば、母の兄の一人(先日亡くなった伯父の弟)は、名古屋大学を中退しています。
伯父がここに通っていたんだなと思うと、感慨深いものがありました。
伯父はその後、海軍に入り、若くして戦死しました。会いたかったな、と思います。
戦争はいけないです。あちこちで戦争や紛争が絶えない今、いっそうそう思います。
松本のゴジラと花を愛した伯父 ― 2026年03月15日 15:24
伯父が亡くなり、松本に告別式に行きました。
残っていた母の2人の兄のうちの上の兄で、年末に誤嚥性肺炎になり、
持ち直していたものの、容態が急変したと従妹から聞きました。
伯父は教育者の父親のもと、鳥取で育ちましたが、農業が好きで、信州の林檎とスイカの
農家に婿入し、数年前まで元気で畑仕事をしていました。
本が大好きで、入院してからも、従姉が新刊本をみつくろって持っていくと、
とても喜んでいたそうです。
子どものころ、父が運転して家族で遊びに行き、暖かな歓待を受けたのを今も覚えています。
帰りは美味しいとうもろこしやスイカ、野菜をいっぱいいただいて帰りました。
やがて、林檎園は伯母の妹さんが継ぎ、伯父夫婦はスイカ農園を継ぎました。(私の物語に
林檎園が登場するのは、そんな思い出があるからかもしれません。)
伯母はずい分前に交通事故で亡くなり、従妹が頑張って伯父を手伝っていました。
物静かでにこにこしていて、とっても優しい伯父で、コロナ禍の直前(すでにダイヤモンド
プリンセスでコロナは上陸していましたが、まだ自由に日本中行き来ができた2020年の
2月)岐阜の伯父夫婦と母と4人で訪ねたのが、伯父に会った最後になりました。
松本駅に降り立ったら、大きなゴジラがいてびっくりしました。
「ゴジラ−1.0」は、二年前に亡くなった先輩がかかわっていた映画です。
松本は山崎監督の出身地ということで、地元の有志のみなさんが段ボールで作ったと
説明がありました。
なんの理由もないけれど、先輩が、伯父さんは大丈夫だよと見守ってくれた気がして
しんみりしていた心が、ちょっとなごみました。
かなりの迫力でした。
伯父は黙ってにこにこしている印象が強く、口数も少なかったのですが、岐阜の伯父が
親類を岐阜に招いてみんなで旅行をしたときに、岐阜公園だったかどこかのベンチで
伯父と並んで話をしたことがあります。
いつも親戚がまわりにたくさんいるから、伯父と二人きりで話したのは、おそらく
あのときが最初で最後です。
そのとき、こんなことを話してくれました。
鳥取から信州に行った時、春になったら一斉に花が咲いて、その花の色が本当に鮮やかで
とても感動をした、と。信州は寒暖の差が大きいから、色鮮やかな花が育つそうですが、
そのときの感動はずっと忘れないと言っていました。
あの伯父との会話は、私の宝物です。
伯父には息子一人と娘三人あります。告別式のあとで従姉妹に聞いたのですが、
亡くなる二日前、一番下の(同居している)従妹のマスクをとって、ほおを何度もなでた
そうです。それで、その上の従姉も、ほおをなでてもらったと言っていました。
その夜、意識が亡くなり、翌日息を引き取りました。ほおをなでたのは、お別れの
挨拶だったんだね、とみんなで話したそうです。
足の悪い母と、体調がなかなか戻らない私と、二人で一人前になるかならないかの旅で
したが、岐阜の従兄の助けもあって(同じ特急しなので行きました)なんとか日帰りでき
ました。伯父にお別れが言えたこと、従姉妹の顔が見れたことなど、本当によかったです。
でも、ずっと一緒だった従妹がひとりになってどんなに寂しいかと思います。
伯父さん、見守っていてくださいね。(もちろん、そうしていると思うけれど!)
この紅梅は、会社時代の先輩が庭で撮った写真です。
寒空を背景に、素朴でありながら凛として咲く姿は、花を愛した伯父に似合う気がします。
©️S.N
祈りの日。未明の空。月とスピカとアンタレス ― 2026年03月11日 13:17
身内のことで心配事があって、あまり眠れず、4時前に目を覚ましました。
窓の外を見ると、下弦の月が美しく輝いています。
その白銀の月と一直線に並んで、煌めくふたつの星が見えました。
国立天文台のWebサイトで調べてみました。
すぐ右手に見えるのが蠍座のアンタレス。その先に並ぶ青白い星が乙女座のスピカ。
月と惑星のランデブーはよく見ますが、恒星とこんなにきれいに並ぶ姿は
初めて見た気がします。
震災から15年となる未明の空。
下弦の月も星たちも、祈りを捧げているようでした。私も静かに祈りました。
震災の犠牲者は2万2千人を超え、いまだ避難生活を余儀なくされている方も、
原発事故の起きた福島を中心に2万六千人以上いるそうです。
故郷を離れて15年も避難生活をされている方がそんなにたくさんいるという事実。
除染もままならないのに、原発回帰をしようとしている国…。
子どもたちの未来を守るにはどうしたらよいのか、考えてしまいます。
今日の中日新聞の特集の中に、大川小学校で当時12歳だったお嬢さんを亡くされた
語り部、佐藤敏郎さんの記事がありました。何年も前、大川小学校を訪れた時、
お話を聞かせてくださった方の一人です。親が集まり、子どもたちを探した場所も、
見せていただきました。我が子を自分の手で土の中から探す切なさがわかりますか?
とおっしゃいました。誰も言葉がありませんでした。
子どもたちが言ったように、裏山に逃げていたら助かった命。
生徒の意見に耳を貸さなかった大人の判断が、その大人たちも含め、多くの犠牲者を
出してしまいました。
新聞には、佐藤さんがおっしゃったこんな言葉が紹介してあります。
「防災って希望そのもの。だって助かって喜べるんだよ。ハッピーエンドのためにある」
震災を風化させず、防災意識を高めようと活動されている
フィギュアスケーターの羽生結弦さんの記事も載っていました。
新しい演目のタイトルは「Happy End」
心に傷を抱えながらも前に進む姿を描いているそうで、これからも震災のことを
伝えていきたいと語っています。
私も、離れた地で揺れを体験しました。でもまさか、東日本であれほど大きな被害が
出ているとは、夢にも思いませんでした。
今も行方のわからない方が、2519人もいるそうです。
ご家族の思いはいかばかりでしょうか…。どうか、一日も早く見つかりますように。
あと少しで、午後2時46分です…。


















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