虫愛づる姫君 in ダーウィンが来た!2025年09月05日 16:07

今朝の名古屋は台風の影響で横殴りの雨が降りました。なんとか無事通り過ぎましたが、
各地で大きな被害が出ています。まだこれからというところもあると思います。
どうぞくれぐれも気をつけてくださいね。

ところで、友だちのお嬢さんで、幼い時から虫が大好きだった弓女(ゆめ)ちゃんのことは
2020年1月の記事「虫愛づる姫君、熱き思いを語る」で紹介しました。
名古屋に講演に来て、虫と植物の多様性と進化の物語を熱く語ってくれて、今も心に
残っています。

その弓女ちゃんの研究している生き物が、7日夜の「ダーウィンが来た!」に登場すると
友だちに教えてもらいました。弓女ちゃんも出るんじゃないでしょうか。楽しみ〜。
(可愛い赤ちゃんだった弓女ちゃんが…と、親戚のおばちゃんのような心境です!)

「1000年の都 京都の生き物ワールドご案内!」というタイトルで、弓女ちゃんの
パートは、京都のお寺の苔にも小さな命が宿っているよ、というエピソード。
その他、境内の森を飛び交うムササビや、鴨川のオオサンショウウオ(そんなところに
住んでいるとは知らなかった)も登場するみたいです。

動物も虫も植物も鉱物も人も、みんな地球の一部。大切な存在です。
その中で、環境を壊しているのは人だけではないでしょうか。
知恵を絞り、力を合わせて、住みやすい世界に変えていきたいですね。
猛暑が身体にこたえていますが、ダーウィンを見て元気をもらおうと思います!

追記:
弓女ちゃん、しっかり登場していました♡
5年前と変わらずチャーミングで、華奢で、でも、お寺の急斜面を軽々と歩いて苔を
探す姿は、とっても頼もしかったです。大好きなことを仕事にして、嬉しそうに、
まっしぐらに進む弓女ちゃん。これからも応援しています。
(博士と紹介されていたけれど、私の中ではやっぱり可愛い弓女ちゃんだなぁ。)

永遠の平和を誓い祈る日2025年08月15日 22:33



終戦から80年。
戦争を知る世代が少なくなるなか、戦争でなくなった全ての方、大切な方を失った全ての方、今なお後遺症で苦しんでいるすべての方に、心を寄せて、永遠の平和を祈ります。
310万人といわれる戦没者を慰霊する全国千戦没者追悼式で、石破首相は
「進む道を二度と間違えない。あの戦争の反省と教訓をいま改めて
深く胸に刻まなければなりません」と、「反省」という言葉を使いました。
式典での首相の式辞でこの言葉が使われたのは、2012年以来のことです。

「過去に目を閉ざす者は、現在にも盲目となる」とは、ドイツのワイツゼッカー大統領が
敗戦40年目の1985年に連邦議会で行った演説の一節です。
戦争当時、今生きている人は子どもだったか、まだ生まれていなかったけれども、
先人が負の遺産を残したことは知っているべきであり、過去をしっかりと見つめた上で、
未来に進むべきだと訴えています。

戦争は始めるのは簡単だが、終わらせるのは難しいといいますが、
ウクライナやガザの惨状を見ていると、本当にそうだと感じます。
内線が終わったシリアでも、難民たちが戻って無事に暮らせるようになるには
あと1年はかかるといわれているそうですし、アジアやアフリカにも各地に紛争地が
あります。
まずは戦争を始めないこと。
戦争の放棄をうたった憲法九条をしっかりと守っていかなくてはならないと痛感します。

強力に武装すれば国が守れるというのは幻想だと思います。
最初の一歩を踏み出してしまうと引き返せない。一般の市民が戦火に巻き込まれてしまいます。
今は、核という恐ろしい武器があります。一瞬で広島と長崎を破壊し、80年がたった
今でも原爆症で苦しむ人がいるという現実。現在の核兵器の力は当時の比ではありません。
一旦使われたら、どんなことになるか、想像するだけで恐ろしいです。

かつて、圧倒的な軍事力の差があったと言われる戦争に駆り出されていった若者たち。
母は9人兄弟の末っ子で、兄たちは海軍や陸軍に入隊し、姉は軍事工場に行っていました。
兄(私にとって伯父)の一人は戦死しています。面白い人だったそうで、会いたかったと
思います。
たぶん、私の世代は、直接身内から戦争の話を聞く最後の世代になるのかもしれません。
だとしたら、これから、その話を伝えていかなければならないと、戦後80年のいま、
ひしひしと感じています。
世界各地の戦争や紛争が、いっそうそういう思いに駆り立てるのだと思います。

タモリさんが、いまは戦後ではなく、新しい戦前だと言ったのはいつだったでしょうか。
その言葉に戦慄を覚えながらも、もしかしたらそうなのかも、と、ずっと感じています。
決して、そんなことになりませんようにと切に祈ります。
そして、戦争でなくなった全ての方、大切な方を失った全ての方、今なお後遺症で
苦しんでいるすべての方に、心を寄せて、永遠の平和を祈ります。

今日はまた、大好きな祖父の命日でもあり、私にとって、とても大切で忘れられない
日。お盆で帰ってきてくれていたかな。大きな愛のかたまりのような人だった祖父。
私が14歳のとき、亡くなった祖母のあとを追うように、膵臓がんであっという間に
旅立ってしまいました。
祖父にふたたび会う前に、世界の平和のために、小さなことでも、私にできることを
続けていきたいと、心に誓っています。

写真は昨日の名古屋の夕空。こんな美しい夕焼けは久しぶりで、終戦の日を前に、
とても胸にしみました。

アンジェラスの鐘と被爆クスノキ2025年08月09日 17:37

浦上天主堂は少しピンクがかった赤レンガの美しい教会です。
昔、家族旅行で長崎を訪れたとき、原爆で破壊されたとは思えないほど、長崎の空と大地と
ひとつになってたたずむ姿に胸を打たれました。
戦前、2つの鐘楼には、アンジェラスの鐘と呼ばれるフランス製の2つの鐘があったそうです。
80年前に原爆が投下されたとき、爆心地に近かった天主堂は壊滅的な被害を受けました。
鐘のひとつは、奇跡的に、ほぼそのままので見つかりましたが、
もうひとつは修復不可能なほど破壊されていたと聞きました。

それを復元した鐘が、先月アメリカから寄贈されました。長崎を訪問し、
失われた鐘のことを知って寄付を募ったのは、ジェームズ・ノーラン・ジュニア教授。
マンハッタン計画に関わった医師の孫にあたるそうで、運命の不思議さを感じます。
教授は、アメリカ各地を回り、キリシタン弾圧の苦難の歴史を経てようやく完成した
浦上天主堂が原爆によって破壊されたこと、戦後再建されたこと、人々の鐘への思いを伝え
たところ、600人余りのカトリック信者から寄付が集まったとのこと。
復元された鐘は、分断が深まる世界で、平和と希望の象徴となるようにとの願いをこめて、
あらたに「希望の聖カテリの鐘」と命名されたそうです。

そして、今日、原爆が炸裂した11時2分。80年の時を超えて2つそろった鐘が、
平和公園の鐘とともに鳴らされました。黙祷を捧げる耳に、その響きが聞こえてきて、
胸がいっぱいになりました。2つの鐘が共鳴した響きは、美しく荘厳でした。
あとで画像を見てみましたが、雨に濡れた浦上天主堂と復元された鐘が鳴る様子も
映っていました。

式典では、福山雅治さんの「クスノキ」の合唱もありました。
爆心地に近い2つの小学校の児童による合唱で、心にしみました。

あの日まで、山王神社の境内にそびえていた2本のクスノキは、浦上天主堂と同様に、
爆心地に近かったため、幹は裂け、枝葉を飛ばされ、枯れてしまうと思われたそうです。
けれども、被爆から2か月で奇跡的に新芽を芽吹かせました(長崎市のWebsiteでは
2か月、山王神社のWebsiteでは2年となっています)。
それが、どれほど当時の長崎の人々の胸に希望の灯をともしたか、それはもう、私の
想像を遥かにこえていることでしょう。
いま、どちらの木も、互いに枝をからめながら、天に向かって堂々とたたずむ姿を
見ながら、そんなふうに思いました。

先日、クローズアップ現代で見たのですが、福山さんは被爆二世で、17歳のころ、
父親が1年間がんで闘病した後、亡くなったそうです。病気に対して何もできない無力感、
虚無感がすごくあるなか、ふらりと立ち寄った山王神社のクスノキに、助けられたと
語っていました。それから、たびたびクスノキに会いにいったそうです。
お父さんのがんは、赤ちゃんのとき被爆したことに原因があるに違いありません。
福山さんやご家族の気持ちを思うと、言葉を失います。
そんな被爆者の方々が本当にたくさんいるわけですが、それぞれに大切な方がいて、
皆さんどんな気持ちだろうと思うと、胸がつまります。
本当に、長崎を最後の被爆地にしなければなりません。

福山さんは、自らのルーツを歌にしたいとずっと思っていたそうです。そして、
被爆クスノキをモチーフにした楽曲を作りたいと思い、メロディと「わが魂は」の歌詞は
ずっと心にあったそうですが、曲が完成したのはその24年後。
絶滅にひんした生き物に出会う番組のナビゲーターを務めたとき、「地球に生かされている」
と感じ、クスノキの立場で歌にできる、と思ったそうです。そこからは早かったとか。
そこからまた歳月を経て、平和祈念式典で歌われるまでに成長したクスノキの歌。
平和への強い願いとともに、ずっと歌い継がれて行くことと思います。

浦上天主堂の2つの鐘と、2本の被爆クスノキは、私たちに、決して戦争をしてはいけない、
決して核を用いてはならないと伝えてくれます。

広島から希望の光を2025年08月06日 21:39

子どものころ、学校で、喧嘩はいけないと教わりました。
暴力はいけない。問題があれば話し合いで解決するべきだと。
それなのに、世界では戦争があり、暴力が溢れている。
わけがわかりませんでした。大人という存在が不思議でした。

広島に原爆が投下され、今日で80年。
日本被団協がノーベル平和賞を受賞してから、初めての原爆の日です。
それなのに、世界の動きは核軍縮から逆行し、終末時計をひたすら進めているーー
唯一の被爆国である日本ですら、核兵器を肯定する言論が飛び交っています。

今朝は、出かける前に、平和記念公園での平和記念式典を見ました。
テレビ画面には、こう刻まれた原爆死没者慰霊碑が何度も映しだされました。
「安らかに眠ってください 過ちは繰り返しませぬから」
今の世界を見たら、安らかに眠れないに違いないです。私たちの平和は、
原爆で亡くなった方の上に(原爆だけでなく、戦争で亡くなった方、あるいは
生き延びてもそれでつらい思いをされた方、今なおされている方々の上に)
成り立っているというのに。
それは、忘れてはならないことです。

奇遇ですが、式典が終わったあと出かけたのは、広島在住の幼なじみに会うためでした。
夏休みで実家に帰っている彼女が、宝塚に住むもうひとりの幼なじみとともに、
名古屋に来てくれたのです(心優しい二人は、去年がんに罹患した私のことを心配して、
私が会える状態まで戻るのを待って、会いに来てくれたのです)。

地下鉄に乗りながら、その広島の幼なじみを訪ねて、広島に行ったときのことを
思い出していました。
原爆記念館や平和公園を訪れたあと、当時、静岡から広島に越した彼女は
二人のお子さんの子育て真っ只中だったのですが、こんな話をしてくれたのです。
静岡では大きな地震に備えて、防災教育が当たり前だったけれど、
広島では平和教育が当たり前で、小学校からとても熱心に教わるのだと。

記念式典で、毎夏、子どもたちが平和への誓いを読みますが、いつもとてもしっかり
しているのは、その教育のたまものでしょうか。
もちろん、家族や親族に、被爆した方や、二世の方がいる子どもたちも多いでしょうから
それもあるかもしれません。
ただ、現在では、戦後80年を経て、被爆者の数が減ってきています。
母の友人にも、広島出身で被爆者の方がいましたが、数年前に亡くなりました。
いずれは、ひとりもいなくなってしまう時代が来るということです……。

先月来日した、ノーベル委員会のフリードネス委員長の言葉が胸に響きます。
「われわれは現在、不安定な核の時代に突入する瀬戸際にある。そのような状況だからこそ
核兵器の実態を記憶するために被爆者が行ってきた活動は、世界にとって重要であり、
世界が必要としている光だ」

ノーベル委員会が受賞者の国を訪れるのは、今回が初めてだそうです。
それだけ特別のこと、それだけ、平和への思いが強い、ということ、そして、それだけ
今の世界に危機感を覚えているということだと感じます。

フリードネス委員長がいうその「光」を消さないために、私たちが、次の世代が、
被爆者に代わって、核兵器がいかに非人道的な兵器であるかを伝えていかなくてはと
強く思います。
そのときに、広島の平和教育が、とても意味を持つのではないでしょうか。
たとえば、私はこんな想像をします。
広島や長崎だけでなく、日本中で平和教育をしたらどうだろう、と。
だって、「日本って戦争してたんですか?」という大学生がいる時代なのですから
(二人の先生から直接聞いた話です!)、戦争の加害の歴史も含めて、しっかりと。

日本中の子どもたちが平和について考え、今度はそれを、世界中の学校に行って、
子どもたち自身が授業を行い、意見を交換し、交流を図る。
そして、日本の子どもたちに教わった世界の子どもたちが、同じ国の学校や、別の国の
学校に行って、授業をする。
それによって、未来を担う子どもたちが変われば、きっと世界は変わる。
戦争ばっかりする大人に代わって、子どもたちが世界平和を先導していく。

そんなふうに、広島から、日本から、希望の光を世界に発信することは、
決して夢物語ではなく、現実的にできることです。そう信じています。

希望の光は心のなかに2025年06月29日 11:11


紫陽花

先日散歩していて出会った紫陽花です。とてもきれいだったので思わずスマホでパチリ。
梅雨の終わった地域もあるそうですが(まだ6月なのにびっくりしますね!)、
パステルカラーとしっとりした緑に、一瞬でもさわやかな気持ちになっていただけたらと
思って、アップしますね。

こちら↓も、散策途中に見かけた白い花。少し高いところに咲いていたので、匂いは
わからなかったけれど、柑橘系の香りがしそうな感じです(全然違ったりしてね)。
世の中がきな臭く、戦火が耐えないなか、自然の美しさに心をなぐさめられています。

白い花

日本では戦争が終わって80年。先人たちは、戦争は絶対にいけないと訴え続けています。
戦争は人の命を奪ったり、傷つけたり、生活の場を破壊するだけでなく、
ミサイルなどの破壊行為で、膨大な二酸化炭素を排出し続けています。
これだけ気候変動による危機が訴えられているのに、なぜそんなことができるのでしょう。

小さな一個人として、無力感を覚えてしまうときもありますが、
決して希望を失わないようにして、間違ったことに対して、NOと言えるようにしたいです。
希望の光は、ひとりひとりの心のなかにあると信じています。その光を絶やさなければ
きっと未来は開けるはずです。

私事ですが、今月、悪性リンパ腫の寛解後、二度目のCT検査がありました。
結果OKで、ほっとしています。完治までにはあと四年ちょっと。
先生が仰るところの「よく食べ、よく眠り、よく動いて、楽しく」要はストレスなく
過ごすことが大切なので、しっかり治そうと思っています。

目の方は、手術した右眼は、まだ近くが見えず、遠くも手術直後よりかすんで
見えなくなってきています。でも、近くの方は心持ち?前よりは見えるかなぁ。
焦らず、時を待ちます。
ということで、左眼だけしか使えないなか、なんとか『ユリディケ』のキャラ相関図を
進めています。図はできたところで、あとはイラスト。
超省エネで、フィーンは同じ。ユナはルシタナの生まれ変わりで生き写し、という
設定なので、ほぼそのままいく感じ(衣装は変える)など、なるべく目を酷使しなくて
すむよう工夫しながら(手を抜きながら?)、少しずつ進めています。

一年前、入院していたことを思えば、こうして家で仕事ができる、のんびりできる、
ということは、本当に幸運なこと。母も少しずつ回復してきていますし、
感謝の気持ちでいっぱいです。

暑い日々が続きますが、元気に夏を乗り切りましょうね!

群馬の林檎便り〜可愛い花が咲きました2025年04月27日 10:17


2025りんごの花
                                                                             ©️T.S.
今年も群馬の従兄から、林檎の花の便りが届きました。
愛らしく清らかな蕾と花に、いつも心がなごみます。

大好きな言葉が浮かんできます。

「天にありては星、地にありては花、人にありては愛。これ世に美しきものの最たらずや」

明治の思想家、高山樗牛(ちょぎゅう)が残した言葉だそうです。
31歳で早逝したといいますが、本当に大切なことを知っていた人だと思います。

我が家では、昨日、手すりの工事が終わり、母が歩きやすくなりました。
母の部屋とわたしの部屋の交換も、ほぼ中身が入れ替わり、生活しやすくなってきました。
訪問リハビリも(まだ回ですが)順調に進んでいます。
なにごとも一歩ずつ、ですね。

ロシアのウクライナ侵攻が、転換点を迎えようとしています。
「人にありては愛」
見せかけではなく、フランシスコ教皇が最後に望んだように、真の平和が訪れますように。

壁を築くより橋を架けよう〜ローマ教皇の思い2025年04月23日 10:20

フランシスコ教皇が亡くなりました。
最近体調を崩されているとの報道に、いつかはと覚悟していましたが、
世界をよりいよい場所にしようと奔走した方が、またひとり天に召されてとても悲しいです。

分断を深める社会にあって、常に和解と平和を求め、自らの行動と言葉で
それを示した人でした。
「壁を築くことだけを考え、橋を架けようとしない人は、キリスト者ではない」と訴え、
広島と長崎を訪れたときは、核兵器廃絶のメッセージを世界に届けました。
茶目っ気のある人柄や、チャーミングな笑顔、貧しい人、弱い立場の人に寄り添う姿勢や
びっくりするほど慎ましやかな性格に、親しみを覚えた人は多かったと思います。

『旅するローマ教皇』という、フランシスコ教皇のドキュメンタリー映画があります。
抗がん剤治療が終わって、家で休んでいるとき、ソファに横になりながら
WOWOWで録画しておいたその作品を観ました。

映画は、遭難した船からの信号を沿岸警備隊かどこかが傍受するシーンから始まります。
それは、リビアからイタリア最南端のランペドゥーサ島へ難民を運ぶ船でした。
多くの犠牲者が出て、後に教皇がランペドゥーサ島を訪れ、鎮魂の祈りを捧げるシーンで
初めて教皇が画面に登場します。
世の中の無関心、不寛容に胸を痛める教皇の姿が印象的な冒頭です。
50カ国以上を周り、刑務所の受刑者とも触れ合い、イスラム教や正教会の指導者とも
対話の努力をし、カトリック教会全体を揺るがした性的虐待について謝罪し、
パンデミックのさなか、静まり返った世界では、ひとりで祈りを捧げる……。

心が洗われるとともに、深く考えさせられる作品でした。
フランシスコ教皇について知りたいと思う方だけでなく、混迷の社会に絶望している人、
光を見出したいすべての人にみてほしいと思う映画です。

教皇は、お医者様に止められても、公務を果たそうとしたと伝えられています。
亡くなる前日も、キリストの復活祭で、バチカンのバルコニーに姿を見せていました。
最後の最後まで、世界をよりよい場所にしようと願っていたことが伝わってきます。
その志は、あとに残るわたしたちへの贈り物だと思います。

親愛なるパパ様、貴方の魂が安らかでありますように。
これからは、空から地上を見守っていてくださいね。

カワウのひなたぼっこ&春の花たち2025年03月14日 11:30

暖かな日が続いています。
が、実は一週間ぐらい前からちょっと体調を崩しています。
気持ちいい陽気なのにもったいないなぁ。
先生に、抗がん剤で免疫力が落ちているからと言われ、あんなに注意していたのに。
喉が痛くて頭が痛くてだるい…ということは数年ぶりの風邪(鬼の撹乱)??

毎日5000〜6000歩、少々疲れているときも、頑張って歩いていたからだと
思われます。仕事の準備も、急にギアを上げてしまったし。
そんなわけで、この数日は家でゆっくりしています。
震災のことを思ったり、ウクライナのことを思ったり、なぜかときを同じくして
友人や先輩から、悲しいお知らせを受け取ったり。なんの力にもなれなくて
人生の切なさを思います。

悲しいことがあっても、世界が変わらずに回り続けるのが、昔から不思議でした。
ただ、本当は、地球もいつまでも回り続けるわけではないですよね。
だからいっそう大切な存在なのだと感じます。

体調を崩す前、頑張って遠くまで歩いていた時、見かけた光景から、いくつか写真を。
春を感じていただけたらいいな。

まずは、池の畔でひなたぼっこをするカワウ。通りかかると、羽を大きく広げて
じっと動かない鳥の姿が。岐阜にいた頃よく見たカワウです。
最初、彫像かなにかだと思いました。あまりにじーーっとしているから。
で、わたしも動かずじっと見ていると、ゆっくりと羽を動かして、片方ずつ
たたみました。(片方をたたんだら、もう片方をまた伸ばす。)
あ、生きてる! 暖かな日だったので、カワウもお日様が気持ちよかったのでしょうね。

ひなたぼっこするカワウ

こちらは八重の梅。淡いピンクで青空に映えて、すっくと伸びた姿が美しかったです。
ヒヨドリが、花をつついていました。蜜が目当てかな。

八重の梅

公園の片隅のむらさきのパンジーや、壁にきれいに飾られたハンギングバスケットにも、
思わず目を引かれました。

紫のパンジー

パンジーの蕾って、くるくる巻いていてとっても可愛いです。

青いパンジー2

黄色いパンジーも鮮やかで気持ちも華やかになりそうですね。

黄色いパンジー

来週は寒の戻りがあるそうです。
どうぞわたしみたいに風邪を引かないようくれぐれも気をつけてくださいね!