亡くなった人は生きているときよりずっと近くにいる〜『盗賊と星の雫』より2020年05月06日 00:08


大好きな伯母と

4月最後の日曜日、大好きな伯母が急逝しました。
もう十日になるけれど、いまだに信じられないでいます。
あまりに突然だったから。

伯母は母の姉で、母ととっても仲良し。母の実家の鳥取にいました。
長女(わたしの従姉)はわたしと同い年で、夏休みにはよく遊びに行き、
妹もわたしも、すごく可愛がってもらいました。

鳥取砂丘や、人のいないとっておきの海岸に連れて行ってもらって、
どこまでも透明な海に感激したり、かや(テントみたいな蚊よけの布。
天蓋つきベッドのように、布団の上につるもの)の中で一緒に寝たり、
伯母の素朴な家庭料理も美味しくて、思い出がいっぱいあります。

伯母は9人兄弟のちょうど真ん中。
わたしの母は末っ子で、やはりとても可愛がってもらったそうです。
そんな大家族のなか、伯母は、一族の語り部のような人で、
戦争や鳥取大地震を経験して、さまざまな家族の歴史を知っていて、
事実は小説より奇なり、ということを、実感させてくれる話の数々に
いつもドキドキしたり、ワクワクしたり、ゾクゾクしたり。

わたしは実際あったことは、ほとんど小説に使いませんが、
伯母や母から聞いた、祖父の情熱的な恋物語は、ダン伯父さんの
プロフィールに投影しています。
また、別の親せきで「歌舞伎役者のようないい男」だった人の駆け落ちの話や
戦後満州から命懸けで日本に帰ってきた人の話も、すごくドラマチックでした。

そんな伯母でしたが、自分の話はほとんどしませんでした。
早くに夫を亡くし、そのご事情があって子ども達と別れて暮らしていたので、
どんなに寂しかったかと思うけれど、人生の苦労を静かに受け止めていました。
やがて、鳥取の実家で父親を看取り、妻に先立たれて戻ってきた兄も看取り、
ほかの身内の面倒もとてもよくみて、無償の愛で尽くす人でした。

一人暮らしだった晩年、従姉がハワイのアメリカ人と結婚しました。
その人が、もう信じがたいほど温かな男性で、
冬のあいだ、ハワイの従姉夫婦の家に滞在するのが、伯母の習慣になりました。
(写真は数年前ハワイを訪ねた時のものです。)
従姉は、子どものころは一緒に暮らせなかったけれど、
その分も思い切り親孝行して、伯母は本当に幸せだったと思います。

この前の冬もハワイで過ごし、従姉が3月に送ってきて
帰国後2週間、従姉とふたり、家で自主隔離していました。
その期間が無事に過ぎ、従姉がハワイに帰って2週間あまり。
従姉が前日電話したとき、少し気分が悪いから休むと言っていたそうです。
そのまま眠るように旅立ったのだと思います。
日曜日、近所の友人が電話に出ないと警察に通報してくれてわかりました。
検死の結果は、心臓の急な病とのことでした。

葬儀に行くつもりで、鳥取に発つ用意をしたのですが、わたしたち親族は
特別警戒都道府県である、東京や愛知や岐阜に住んでいます。
みんなで話し合って、行くのを控え、
鳥取の親せきと長男夫婦だけでの葬儀となりました。
最後にひと目会ってお別れしたかったけれど、誰よりも飛んで来たかった人、
ハワイの従姉が、帰国のすべがなくて、会えなかったことを思うと、
そのことが一番切なかったです。

でも、そんな悲しみの中でも、昔からずっと思っていたことがあります。
「亡くなった人は生きているときよりずっと近くにいる」ということ。
だって、身体がないから。魂は自由に羽ばたけるから。

子どもの頃から人の死を身近でたくさん見てきて、
自然とそう感じるようになりました。

『盗賊と星の雫』で、ヨルセイスは、両親を殺された幼いルカに
その言葉をいいます。
(ヨルセイスも、孤児として、とても寂しい思いをしてきたのです。)

そうはいっても、大切な人の死は、なによりも辛いです。
その人の声を聞いたり、姿を見たり、手をつないだり、ふれたりできないから。
そのことは、永遠に寂しいです。
でも、それは、その人が、それだけ大切な存在だったという証。
愛した分だけ、悲しみも深い。

従姉は帰国できなかったし、伯父や従兄弟たちも、母もわたしも
コロナウイルスのせいで葬儀に行けなかったけど、
ひとつだけ、よかったと思えたことがあります。
それは、いつも、帰国しても仕事で忙しく飛び回っている従姉が
自主隔離のために、二週間たっぷり伯母と過ごせたこと。
ふたりで、こんなに一緒にゆっくりしたことないね、と話していたそうです。
伯母も、どんなにか嬉しかったことでしょう。
伯母のやさしい笑顔が、浮かんできます。
今夜、夢であえるかな……。

コメント

_ grendel's mum ― 2020年05月06日 15:20

鳥取の伯母様のこと、心よりお悔やみ申し上げます。
私も間接的にお菓子を頂戴したりして、お優しいお人柄に触れたことがあり、本当に突然のお別れ、残念です。
コロナウィルスのせいで、ご葬儀に駆けつけられなったとは!本当に無念でしょう。悲しみを故人を知る参列者と分かち合えないことで、気持ちの整理もつけにくくて、お気の毒なばかりです。県外への移動もままならない今の状況、あらためて色々な苦しみ、悲しみを生んでいるのだなと思いました。
でも伯母様とハワイの従姉妹さんが、二週間一緒に過ごせたということは救われる思いですね。きっと伯母様も喜んで幸せなお気持ちで旅立たれたのではないかしら。従姉妹さんは帰国できずお辛いでしょうけれど。
せめてゆっくりと伯母様を偲び、お墓参りが出来る日が早く訪れますように!伯母様のお好きだったお花をお供えして・・・何のお花がお好きだったのかしら?

_ fumiko ― 2020年05月06日 20:17

grendel's mumさま

ありがとうございます。そうですね。伯母も幸せに旅立ったと思います。
間接的にお菓子? すみません。記憶力悪くて全然覚えが…。
伯母の好きな花も、そういえば知らないことに気がつきました。
伯母の方は、わたしの好きなものをよく覚えていて、
今回は帰ってきて、蜂蜜買って帰る時間がなくてごめんなさいねと、
最後の電話で言っていて、いつも人のことを気遣う優しい伯母でした。
(ハワイのオーガニックの蜂蜜で、すごく美味しいのがあるのです。)

_ リア ― 2020年05月22日 20:46

心よりお悔やみ申し上げます。

_ fumiko ― 2020年05月23日 00:15

リアさま

ありがとうございます。胸にしみます。

コメントをどうぞ

※メールアドレスとURLの入力は必須ではありません。 入力されたメールアドレスは記事に反映されず、ブログの管理者のみが参照できます。

※投稿には管理者が設定した質問に答える必要があります。

名前:
メールアドレス:
URL:
次の質問に答えてください:
このブログのタイトルは「サラファーンの○ができるまで」です。
○に入る漢字一文字はなに?

コメント:

トラックバック

このエントリのトラックバックURL: http://serafahn.asablo.jp/blog/2020/05/04/9242549/tb