虹色の蝶2023年10月03日 17:00

虹色の蝶は、『ユリディケ』においても〈サラファーンの星〉四部作においても、
象徴的な存在です。
120年に一度、オオユリの木の花が春いっせいに花開くときだけ、その群生地に
虹色に輝く蝶が発生し、飛び交うという、伝説の蝶。

背の高い木々に、ばら色の大輪の花が咲き、虹色の蝶が無数に飛ぶ情景が浮かんだとき
それはなぜか、120年に一度しか咲かない花だと思いました。
120という数字が頭に現れ、そのまま使ったのですが、
笹は60年に一度しか開花しないとあとから知って、ならば、120年に一度というのも
それほどおかしな話ではあるまいと思いました。

でも蝶は? 卵を生んで、それが120年近くももって、次の世代に受け継がれるのは
なんだかおかしくないか? そう感じ、どうなっているのかなと考えて、
ある日、思いつきました。

この蝶は、いつもの春も、飛んでいるんだ。たぶん、白い蝶として。
毎年、オオユリの木に卵を生むに違いない。
幼虫はその葉を食べてサナギになるんだけど、花が咲く年の葉っぱには、特別な
成分があって(あるいは樹液に)それが白い蝶の羽を虹色にするじゃないかな、と。
オオユリの木は、蝶に栄養を提供していますが、きっと、蝶あるいは幼虫からも
逆に、なにかを与えられているに違いありません。
なにかなぁと思うけれど、いまだに、わたしの中では謎です。

現実に、ユリノキという木があることも、あとから知りました。
もっとよく調べて、独創的な名前にすればよかったです。
今ならネットですぐに調べられるんですけれど、『ユリディケ』を書いたのは
35年も前のこと。よく覚えていませんが、たぶん、祖母が百合の花が好きだったので
そこから思いついた名前ではなかったでしょうか(ほんと、物覚えが悪いというか
物忘れが激しいというか…)。

オオユリの木は、フィーンの遥かな故郷から運ばれた木です。実際に木を船に
運び込んだものと、一緒に星の海を渡った銀色狼のたてがみに種がついていて、
それが新たな世界で育ったのと、二通りあった気がしています。

遠いフィーンの世界は滅亡し、四部作では人の世界も一度滅びてしまうけれど、
どうかこの美しい世界が滅びませんように。日々の小さな選択が、大きな違いを
うむと思うので、それをいつも心に留めていようと思っています。

紋章メモ、あるいは右目の反乱2023年10月07日 17:40

根を詰めて原稿を書いたり、細かい作業をしたりすると、昔から結膜下出血をしたり、
片方の瞼が痙攣したり(ミオキミアというらしいです)します。ミオキミアはいつも
2日ほどで治るのに、今回左目が2週間以上続いていて、突発性難聴の治療中だし、
やだなぁって思っていたら、昨日から、右目も反乱を起こし、結膜下出血に。
おとなしくしていろ、ということかな。(でも、アジア大会の女子サッカーは観ました。
かっこよかった〜! 押され気味でも動じずに、決めるところはしっかり決めて金メダル。
若い世代、頼もしいです。今夜は男子ですね。)

今日は紋章作りなどのお話を。
ユリディケに登場する5か国の紋章。エルディラーヌはサラファーンの星で出てきたので
そのままです。もうすでに出来上がって、頼れるディレクター荒川さんにスキャンした
ファイルを送っています。PCでイラスト用のアプリを使えばいいんでしょうけれど、
それができないから、すべて手描きで、それを送って、作ってもらうというのは、
サラファーンの星のWebsiteを作るときと同じです。
紋章でも、キャラクターのイラストでも、いつもメモから始まりました。
今回はこんな感じ、というのを載せますね。
振り返ると、いろいろメモってますね。ルシナン王国の王家は「百合の紋章」と
文中に出てくるので、百合を中央にして、考えています。
最終的には、これらのデザインから相当変わりました。
でも、こうしてあれこれと考える時間は、楽しいです。

心身の不調はあるし、世の中も理不尽なニュースが多いですね。なので、なるべく明るい
お話をしたいなと思っています。
いま午後6時。近くの教会からゆうべの鐘が響いています。
教会の鐘の音を聞くと、ヨーロッパの街を思い出したり、心を澄んだ風が吹きぬけるような
気持ちになります。
物語の中で登場人物が鐘を聞くシーンも思い出します。
ジョサが音楽の街アンデシアで聞いたのも、こんな音だったのかな。

紋章づくりのメモ
↑メモ。ボツ原稿やメモの裏に描いているので、裏に文章が透けて見えてます(*^^*)

ローレアとエーデルワイス2023年10月12日 17:40


ローレアの花by Jam
                                                                                 ©copyright Jam

絵が抜群に上手な友人が描いてくれたローレアの花です。いろいろと細かに私の注文を
聞いて、丁寧に何度も描きなおしてくれました。
最果ての国リーヴェイン(『ユリディケ』ではウォルダナ)にだけ咲く草花。
早春からいっせいに咲き始め、晩春まで草原や森を水色に染めます。
その光景の美しさから、ローレアの咲く季節にこの国を訪れた者は、必ず戻ってくる、
といわれています。

『麗しのローレア』は、旧世界からユリディケの時代まで歌い継がれている歌です。
公式サイトには、花の説明や全編を載せていますが、ここでは一番の歌詞を。
故郷をはなれた旅人の心を歌っています。
物語では、戦地で若者たちが故郷を思って歌います。(最後、終末を迎えた世界では、
人の世界を想う歌となります。)

早春の丘を水色に染める
麗しのローレア
われ遥かな地をさすらうとも
雪解けの故郷に
永遠(とわ)に可憐な花を咲かせておくれ

*物語中では、「永遠に」を前の行の最後に入れていますが、最後の行に入れたほうが
しっくりくるので、最後にしました。

花を歌った歌は、世の中にいくつもあると思いますが、
大好きな映画『サウンド・オブ・ミュージック』の『エーデルワイス』もそのひとつ。
音楽祭でタラップ大佐が歌うシーンは、何度見ても泣いちゃいます…。
ナチスドイツにオーストリアが併合された時代、失われたオーストリア国家を
象徴する歌として、深い想いを込めて歌われていたから。
(この歌は、別のシーンでも登場しますが、そこもまた、別の意味で泣いちゃいます。)
『麗しのローレア』は、そんな『エーデルワイス』のように、リーヴェインの人々にとって
心の歌であってほしいと思って作った曲です。

そのエーデルワイスの花を、昔、イタリア人の友人が故郷のアルプスの山から
押し花にして送ってくれました。
生まれて初めて見るエーデルワイス。
ふわふわと綿毛のある、グリーンがかった白い素朴な花。とても感激しました。
友人の実家はスイスのすぐ近く。オーストリアも近く、エーデルワイスがたくさん
咲いているそうです。
彼はエルサレムの神学校出身。イスラエルとイスラム組織ハマスとの突然の戦争に、
どんなに胸を痛めているでしょう。
世の人の心には、野心や闘争心、他を支配しようという思いではなく、
野に咲く花のような、素朴さややさしさがあってほしいと願います。

分身の術が使えたら2023年10月16日 10:45


秋の雲

子どものころ、テレビで「忍者ハットリくん」を見ていました。
細かいことは覚えていないのですが、印象的だったのが分身の術。

ずっとのち、大人になってから、分身の術が使えたらいいなぁって思うようになりました。
重い障害を抱えた身内のケアをする分身と、仕事をする分身。
できれば仕事用は複数。書きたいものがいろいろあるので、それぞれ分担して書きます。
ほかの分身は、大自然の中でのんびり過ごしたり、友だちと会ってゆっくりしたり。
今なら、ひとりはウクライナに飛んでいき、なにかできることをしたいです。
イスラエルとガザにも飛んでいきたいです。
それか、シリアやアフリカやミャンマー…苦しんでいる人、悲しんでいる人が
たくさんいるところへ。
日本でも、東北の被災地はまだまだ復興途上です(それなのに、新たな災害の被災地が
次々出てきています)。

けれど、分身の術は使えません。はがゆいです。
だから、自分ができることをするしかないし、まず今は、健康を取り戻すことが第一かな。
模範的な患者なので、先生の言うことを聞いて、散歩もよくしています。
(「軽い運動するといいよ。暑いから、朝夕涼しい時間帯散歩してね」と言われるうちに、
季節は一気に涼しくなりました。写真上は散歩中の空。秋の雲。こちらは近所の金木犀。
とてもいい香りです。1人の女性が立ち止まり、枝を手にとって匂いを楽しんでました。)

キンモクセイ

なにか人の役に立つことをしたい、人が喜ぶことをしたいと願ってきました。
物書きになったのは、第一に、小学校のとき詩を書く授業があって楽しかったこと、
第二に、中学の時、親友が小説を書いていて、自分も書き始めたこと、
そして、高校のとき、書いた短編を回し読みしてもらって、友人たちが面白がったこと。
こんなふうにアイデアが次々出てくる仕事って、自分にとって、ほかにはないなって
思いました。みんなが、登場人物とともに、驚いたり悲しんだり笑ったりして
物語を楽しんでくれるのがうれしくて。人を楽しませる仕事っていいな、と。
もちろん、自分も楽しいのです。(おそらく、誰よりも。)
人が喜ぶことをしたいというのは、おこがましい考えなのかもしれません。
でも、人生は短いから、人の言うことを気にしていたら、もったいない。
いつも、わたしはわたしでいたいです。

分身の術が使えないから、人は選択しなくてはならなくて、だからこそいっそう、
人生は尊いのかな、と感じます。

でもやはり、戦争には胸が痛んで仕方ありません。だって、これは人がしていること。
防げるものだから。
なんとかしたいと思ってしまう。
世界中の兵器を無力化し、過激な思想をふわりと溶かす忍術って、ないのかなぁ、
ねえ、ハットリくん。

魔女の一撃2023年10月27日 22:34

去年いとこが、自家菜園で育てた白菜やほうれん草などを送ってくれたとき、
事前にメールで注意書きが届きました。

「白菜は重いので、箱から引っ張り出そうとすると、魔女の一撃を喰らいますので、
細かい野菜を取り出したのち、箱を横にして、底のテープを取り、元に戻して
箱を抜けば底からゴロンと出てきます。煮るなり焼くなりその場でかじるなり、
思う存分格闘してください。」

魔女の一撃=ぎっくり腰。あれは体験者じゃないとわからない、ほんとに、
魔女の一撃としか思えない強烈な痛みです。
ということで、もちろん、いとこの言う通り、ブロッコリーやほうれん草やカブを
取り出してから、ダンボール箱を倒して、底のテープを剥がし、もとに戻して
箱を抜いたら、最後に、巨大な白菜が出てきました。5キロ半!(6キロのを送ると
いったので、絶対に持てないからできるだけ小さいのを送ってと頼みました。それでも
5キロ以上で、母とびっくりしました。味もびっくりするほど美味しかったです。
無農薬で育ててあるし、栄養満点。)

ところで、その魔女の一撃。数日前、網戸の掃除をしていて、ギクッとやりました。
あ〜、久しぶり。常連なので、コルセットは二種類持っています。しっかりはめて
対処。
昔はぎっくり腰は安静が一番と言っていましたが、最近は、歩くこと!と言われていて
(さすがに当日はあまり動けなかったけど)翌日から、せっせと歩いています。
一昨日には精神科の通院で、地下鉄を一駅歩いたりして、午後も用事があったので
9000歩。昨日は姪の施設に行って、さすがに遠くて車だったので、1000歩。
今日は午前は歯医者さん、午後は母のリハビリがあり、リハビリの待ち時間5000歩
歩きました。
おかげでずいぶん回復し、朝起きるとき以外は、痛みはほとんどありません。

魔女の一撃、秋口が一番くらいやすいそうです。
つまり今頃。どうぞ皆様も気をつけてくださいね!

年配者がやるものと思われがちですが、私が初めてやったのは20代。
次回は、そのお話を。

魔女の一撃Part22023年10月30日 21:01

最初に私がその脅威を知ったのは、広告代理店に勤めていた20代前半。新入社員時代。
制作の雑用をしていた私は、よく制作の副社長室にも出入りしていました(手紙や書類を
届けるなど、本当に雑用)。
あるとき、副社長の秘書がぎっくり腰になり、一週間休みますと、人材派遣会社から
連絡がありました(秘書の方は派遣社員でした)。
植木鉢を持ち上げた瞬間だったと聞いています。
副社長、怒るとコーヒーや灰皿が飛ぶと有名な方で(蜷川さんみたいですね。実際に、
友人はそのシーンを目撃しました)、
そのときも、「一週間も休むなどとんでもない!」と激高され、彼女はクビに。
(今では許されないことですね。)
副社長に負けず劣らず、とっても怖い年配の女性でしたが、そんな彼女が打ち勝てなかった
ぎっくり腰。恐るべし、と思いました。

そのとき派遣会社から代理でやってきた女性が、そのまま副社長の秘書になりました。
彼女、さっぱりした性格で、私は大好きだったのですが、
あるとき副社長から理不尽に叱られたとき、「私、辞めます!」と宣言し、
荷物をまとめて、出ていきました。あっぱれ。
副社長、ドジな新入社員の私には優しかったです。おそらくあんまりおバカだったため、
怒る気がしなかったのでしょう。)

話を戻します。
その恐るべきぎっくり腰、その後、私が最初に目撃したのは、同じ会社でのこと。
ある日、同僚から電話がかかってきました。内線電話です。
「フーちゃん、すぐ来て! 今コピー室。動けない」
何事かとコピー室に急ぐと、コピー機に抱きつくように覆いかぶさっている同僚の姿が。
「ぎっくり腰やったみたい。すっごく痛い」
コピー機に張り付いている彼女をなんとか引き剥がし、支えながら、
同じビルにあった整形外科に。
診察の結果は、やっぱり「ぎっくり腰」
20代でぎっくり腰になるんだ、と、彼女も私もびっくりでした。
会社に戻ると、優しい部長が、タクシーで帰りなさい、とタクシー券を出してくれました。
(これも今ではないかな。いろいろとおおらかな会社でした。)

さて。私自身が最初にその一撃をくらったのは、会社をやめたあとの28歳のときです。
ある日シャワーを浴びていて、シャンプーの後、立とうとしたとき、腰に激痛が走りました。
同僚の一件で、すぐにわかりました。ぎっくり腰!
これか。ああ、どうしよう。一人暮らしで、助けは呼べません。
そのとき思い出したのが、住んでいたマンションと駅の間に、「カイロプラクティク」と
看板を掲げた整体院があったこと。そうだ。あそこへ行こう!
しかし、一糸まとわぬ姿で行くわけにはいきません。なんとか着るべきものを着て、
這うように行きました。
普通に歩けば3分で着く場所ですが、ものすごーく遠く感じました。)
何やら不思議な形のベッドに寝かせられ、思い切り背中を押された途端、
バキバキバキッと音がしました。
超痛かったけど、不思議なことに、起き上がることができ、まっすぐに立てました。
重いものを持ち上げるときは体の重心に近くして持ち上げること、
朝起きるときや、低い姿勢から立ち上がるときは、急な動きをしないよう気をつけること、
身体を柔らかくすること(ストレッチなどで)と指導を受けました。

その後、癖になったのか、何度もやるようになりました。友だちが接骨院をされている方と
結婚したので、もと同僚じゃないけど電話して(内線電話はありません)
「すぐ来てくださ〜い!」と泣きついたことは一度ではありません。
そんなわけで、魔女の一撃とは長〜い付き合い。
どうか、今後とも、お手柔らかにしてほしいものです。