庭師のサピ〜心優しい脇役2022年10月28日 14:00

サンザシ館の心優しい庭師のサピは、『ユリディケ』のオリジナル版では
影も形もありません。でも、〈サラファーンの星〉で、サンザシ館の庭師だった
サピには、ぜひ出てほしくて、改稿版では、
発掘された迷宮の薬草園の庭師として、登場してもらいました。

(サラファーンでは、本人は一度も登場せず、人の話の中に庭師として
出てくるだけです。脇役の中でも脇役だったので、
『ユリディケ』で庭師のサピが出てきたとき、
あ、これもしかして、サンザシ館の庭師のサピだった人?と気づく方は
限りなくゼロに近いというか、おそらく誰もいないだろうと思います。
ただ、作者として庭師のサピは好きだったので、今度こそ、
セリフも動きもあるキャラクターとして、出てほしくて。)

で、『ユリディケ』では、薬草使いのリーと一緒に薬草の世話をしていて、
リーのことをさりげなく気にかけてくれる、やっぱり心優しい庭師です。
素朴で、ほとんど話さなくて、いつもぼんやりしたように見えますが、
植物を愛し、心を込めて世話をしていて、実は、観察眼も鋭い。
ほんとうに出番の少ない脇役だけど、
横暴な将校から、リーを守る(それが結果としてユナを助けることに
つながる)重要な役割も帯びています。

四部作では、最終的に、少しでも短くするため(ページ数の制限から)
サピの部分をかなりにカットしたので
前にこのブログで彼のことを書いた時、もしかして全部カットしてるかも、と
お話したのですが、きちんとチェックしたら、わずかに残っていました。

『星の羅針盤』で、スピリがサンザシ館の名の由来となった、玄関の東にある
サンザシのことを、語るシーン。
八重のサンザシもあるけれど、一重のほうが奥ゆかしくてずっと気品があるとして
「庭師のサピも昨日そういってましたっけ。たまにはあの子もまともなことを
いいますね」というセリフ。
サンザシ館のサピは、やっぱりぼんやりとした青年で、これはカットしてしまった
けれど、服をよく前後ろに着て、全然気がつかない、といったキャラ。
植物が好きで、たぶん奥手で、ガールフレンドもいない。
でも、庭の手入れをして、植物と話すのが、なによりも好き。

『星水晶の歌』では、そのサピも、戦争に行ってしまいます。
(最初の音楽祭の時は、もくもくと手伝ってくれたのに、二度目の音楽祭の時は
遠い異国の戦場にいます。)
彼がどうなったか、四部作ではふれていませんが、きっとフィーンに助けられて
エルディラーヌに渡ったんじゃないかな。そうであってほしいです。
その願いを重ねるように、改稿版の『ユリディケ』に出てもらいました。
二千年前も、リーやラシルと会っていたんじゃないかなって、思いながら。

脇役って、妙に気になってしまって、その人の背景、家族、生い立ち、故郷など
どうなのかなって、考えることが案外あります。
メインの登場人物は、もちろん、厚いファイルになるほど徹底的に
人物造形を考えますが、脇役にはそこまで時間をさきません。
(というか、締め切りを考えると、その余裕がないんですね。)
でも、なんだか脇役って、好きになってしまうんです。だから、その人に関して
知りたくなってしまうというか。
たとえば、ドーリーの奥さんとかもそうだったなぁ。
意外に、謎めいたまま(作者にもなかなか身の上を明かさない)なのが、スピリでした
そういうところも含めて、彼女のキャラだったのかな、と、今あらためて思います。

『星水晶の歌』裏話Part22020年03月08日 13:29



『星水晶の歌』下巻書影

第4部は上下巻になったので、ジャケットは二種類。
下巻は「野外劇場の遺跡で歌っているリーヴにしますね」と小林さんに聞いていました。
「ジョサとハーシュも小さく載せます」とのことでした。

できあがってきたのは、黄色とオレンジを中心とした鮮やかなジャケット。
鈴木先生のイラストは、いつも芸が細かいなと思うのですが、
最終巻だからか、下巻のイラストはことさらにいろんな要素がぎゅっと詰まっています。

第3部のジョーの絵に、さりげなく竪琴が描かれていたように、
今回は、ジョサの背景にフレシートの鍵盤が描かれているし、
ハーシュの背景には2隻の帆船。
ルカや預言者、ランドリアやジョーと思われる人影のほか、
帯に隠れる部分には、フィーナヴィルとローレアの花、
それに、満開のサンザシと、サンザシ館……。
(クリック拡大していただくと、わかるかな。)
サンザシ館は、ある意味、物語のキャラクターのひとつといってもいい存在ですから
とてもうれしかったです。 

最終巻は、1部で描いたサンザシ館を中心にした日常の世界と
2部で描いた諜報の世界、3部で描いた過去の伝説の世界がすべて合わさり
世界がいよいよ終末に向かって進むので、話のスピードも加速していきます。

エンディングは、2000年後を描いた『ユリディケ』に伝説として出てくるので
最初から、そこに向かって進んでいたわけで、
(伝説で伏せてある部分は、今回始めて描くことになるのですが)
伝説の中で、あのとき死んでしまいました、となっているキャラに関しては
死んでしまう運命にあります。

第4部、特に後半を書く作業は、そこのところが、一番きつかったです。
というのも、長いあいだ付き合ってきた登場人物は、それぞれ、懸命に
生きてきているし、世界を崩壊から救うために奔走している人物もいます。
話が変わったらいいのに、と何度も思いました。
また、伝説の部分とは関係がないものの、
物語を書き始めた時点から、そう定まっていた人物がいて、その人の最期も
書くのが辛かったです。
そんなこともあり、最後どうなるのかわかっていない人たちや、
死んでしまうと思っていたものの、変更可能な人たちには、
できる限り踏みとどまってもらいました。
そのあたり、詳しくは、またいつか、あらためて記事にしたいと思います。

物語は、書き始める頃には大枠は決まっているのですが(というか
大枠が決まってから書き始める)
決まっていない部分もたくさんあります。
今回も、そこに行かないと見えてこない景色がたくさんありました。

リーヴの大学病院の看護研修のエピソードは、事前には大まかなことしか
わからなかったので、親友になる赤毛のシャスタは、書いていて新鮮でした。
ハーシュの親友バドは、前回『盗賊と星の雫』からの登場で、
ある日、バドとハーシュが、リーヴとシャスタのいる
川沿いの洒落たカフェに入ってくるシーンが浮かびました。
そして、次の瞬間、バドとシャスタが恋に落ちるのが見えました。
なんだかちぐはぐなのに、ぱっと惹かれ合ったふたり。
だいじょうぶかなぁと少し心配でしたが、
登場人物がそう動きたがっているときには、よほどの事情がない限り、
そのままそっと見守ります。このふたりも、見守ることにしました。

ルシタナの旅の、葡萄園の物語も、そこにたどりついてから
見えてきた景色でした。
たった一章の短いパートですが、葡萄園の〈鷹匠〉はわたしの心の中で
強烈な存在感を放ちました。

リーヴェインの諜報員ハルは、ルシタナの旅路を準備するとき、
貸しのある者に声をかける、
というようなことをロンドロンドに言っていますが、
どんな人が出てくるかな、とずっと思っていました。
〈鷹匠〉が出てきて、ふたりの男の過去のつながりが見えたとき、
なるほどと納得できました。

さて。前回お話したように、この第4部も、たくさんカットしました。
その中から、ふたつのシーンをご紹介しましょう。

注:ここからはエンディングに触れています。(完全ネタバレです。)

☆  ☆  ☆

ひとつは、88章と89章のあいだ。
ここにもうひとつ、ハーシュのシーンを描いた章がありました。
乗っていた戦艦が撃沈され、生存者なし、と伝えられたハーシュが
なぜ生きていたか、詳しいいきさつを書いたものです。

彼は、無人島に流れ着き、やはりその島で座礁して助かった別の船の乗組員
パコに助けられたのでした。
パコは、第2部に出てくる茶葉運搬船の乗組員。強制徴兵され、
可愛がっている白猫スーフィとともに海の戦いへと向かっていました。
ハーシュは、打ち上げられた浜辺で、まず、スーフィに見つけられ
そして、命を救われます。

けれども、初稿を読んだ小林さんが、
「わたし、最後、リーヴといっしょに、驚きたいんですよね」と言いました。
「これだと、読者は、リーヴよりも先に、ハーシュが生きていることを
知ってしまいますよね」と。
パコと白猫の話は、2部を書いたときから出すつもりだったし、
パコとハーシュのさりげない友情も出したかったのですが、
編集者は、読者の代表。
なるほど、と思って、カットしました。

もうひとつは、エピローグです。
最後の章から数年後の物語を描いていて、
たぶん、ある意味で、もっとハッピーなエンディング。
人の世界から逃げてきた者たちが、どんな世界を築いているか、
そして、いまだ吹雪に包まれた人の世界を見つめながら、
どんな思いでいるか、を描いています。
リーヴは結婚して、子どももいて
(死んでしまったキャラクターが、新たな生命として登場)
他のカップルも、同様で・・・。

けれど、何度書き直しても、気にいるように書けませんでした。
そのうちに、これは蛇足かもしれないと気がつきました。
いまのエンディングよりも、はっきりと希望や明るさを出したかったのですが
それは、読み手ひとりひとりに委ねるほうがいいのかな、と。
そして、この部分は、短編で、いつか書けたらと思っています。

『星水晶の歌』裏話Part12020年03月01日 17:23


『星水晶の歌』上巻書影

物語が完結する第4部は、すべての伏線を回収し、物語をエンディングに導く必要があり、
上下二巻になりました。
編集の小林さんから、上巻にはウィルナーの軍服姿を入れたいので、どんな軍服か
簡単に送ってほしいとメールが来て、いそいでスケッチしたのが、こちら↓です。

ウィルナーの軍服ラフスケッチ

なんで紫色のペンで描いたのか? 緑の軍服なのにって、突っ込まれそうですが
特に理由はなくて、紫色のボールペンを買ったすぐあとだったのかな、なんとなく
それで描き始めてしまったのです。
寒い冬に耐えられるよう、生地は暖かく、騎兵隊なので、後ろから見ると、
裾が割れているかな、というイメージです。
ひとつ失敗したのは、服や靴に気を取られ、騎兵隊のヘアスタイルは、長めだと、
注意書きを入れるのを忘れてしまったこと。
ジャケットのイラストは、兵士らしく短髪になっていますね。
みなさんは、どんなイメージをお持ちでしょうか。

さて。上下巻でとても長くなってしまった第4部。
今回も、最大の難題は、どこをカットするかでした。
入稿前の最終稿では、まず情景描写をカット。
5行のところを2行にしたり、全てカットしたり。
膨大な原稿を読み直して、1シーン、1シーン、チェックしていきます。

また、なくても話の流れがわかるシーンは当然カット。
たとえば、上巻で、ニッキがジョーを救うために、軍の要塞の馬を借りるシーンは、
許可証がなければ借りられない規則のもと、杓子定規の将校を説得するため、
ニッキが兄から教わった諜報員の奥の手で切り抜ける・・・はずでしたが、
あっさり借りられる設定に変更。(これで2ページ短くなりました。)

そんなこんなで、かなり短くして最終稿を送ったのですが、上巻だけで550ページに。
編集の小林さんから、これだと価格が1300〜1400円になってしまうとメールが。
わわ。第一巻からして、ただでさえ、周りから高いと言われていたので、
それだけは避けたい。

小林さんからは、4部作の最後なので、読者にとって説明不足で不親切ではいけないし
ストーリーだけを追って、ふくらみのない物語になってもいけないから難しいけれど、との
フォロー。
せめて1200円におさえたいので、512ページになるようにお願いします、とのこと!
扉、人物紹介、地図、奥付を入れた数字なので、本文は502ページ以内です。

なにやら、紙の単位の関係で、それを越えると、100円上がってしまうとのことで、
ゲラが上がってきたあと、上下巻とも、数十ページのカット作業に入り
(これまでで一番きつかった!)
なんとか上下とも、奥付も入れてぎりぎりの512ページにおさめました。

やった〜、とほっとしたのもつかの間。なんと、最終的に、1500円になって
しまいました(T_T)
発行部数が少ないから、その値段でないと赤字になってしまうのだそうです。

ガ〜ン!!!

上下二冊で3000円プラス税金。
読者の方たちに申し訳なくて申し訳なくて、
思わず小林さんに、印税要らないからもっと安くしてください、とお願いしてしまいました。
でも、例外は作れないとのことで(そりゃそうですよね)、泣く泣くあきらめました。
編集者と作家が努力しても、どうしようもないことってあるのですね……。
ものすごくショックを受けて、一週間ほど、寝込みそうになりました。

本が出たあと、やはり、高すぎるという批判をたくさんいただきました。
3巻までが売れていたら、発行部数も増えて、もっと安くできたので、わたしの
力不足です……。
本当にごめんなさい。

ユリディケをネットで自由に読めるようにしたのは、4部作を読んでくださった方への
感謝の気持と同時に、本が高くなってしまったことへの、お詫びの気持ちもありました。

昨今の出版事情は本当に厳しくなっています。海外の翻訳もののシリーズなどは、
続きが出ないのもあり、残念に思うことがあります。
もっと本を読む人が増えますようにと心から願っています。

4部の内容に関しての裏話は、また今度☆

コロナウイルスで大変な状況ですが、みなさま、どうぞ気をつけてお過ごしください。
一日も早く、普通の生活に戻りますように。