松本のゴジラと花を愛した伯父 ― 2026年03月15日 15:24
伯父が亡くなり、松本に告別式に行きました。
残っていた母の2人の兄のうちの上の兄で、年末に誤嚥性肺炎になり、
持ち直していたものの、容態が急変したと従妹から聞きました。
伯父は教育者の父親のもと、鳥取で育ちましたが、農業が好きで、信州の林檎とスイカの
農家に婿入し、数年前まで元気で畑仕事をしていました。
本が大好きで、入院してからも、従姉が新刊本をみつくろって持っていくと、
とても喜んでいたそうです。
子どものころ、父が運転して家族で遊びに行き、暖かな歓待を受けたのを今も覚えています。
帰りは美味しいとうもろこしやスイカ、野菜をいっぱいいただいて帰りました。
やがて、林檎園は伯母の妹さんが継ぎ、伯父夫婦はスイカ農園を継ぎました。(私の物語に
林檎園が登場するのは、そんな思い出があるからかもしれません。)
伯母はずい分前に交通事故で亡くなり、従妹が頑張って伯父を手伝っていました。
物静かでにこにこしていて、とっても優しい伯父で、コロナ禍の直前(すでにダイヤモンド
プリンセスでコロナは上陸していましたが、まだ自由に日本中行き来ができた2020年の
2月)岐阜の伯父夫婦と母と4人で訪ねたのが、伯父に会った最後になりました。
松本駅に降り立ったら、大きなゴジラがいてびっくりしました。
「ゴジラ−1.0」は、二年前に亡くなった先輩がかかわっていた映画です。
松本は山崎監督の出身地ということで、地元の有志のみなさんが段ボールで作ったと
説明がありました。
なんの理由もないけれど、先輩が、伯父さんは大丈夫だよと見守ってくれた気がして
しんみりしていた心が、ちょっとなごみました。
かなりの迫力でした。
伯父は黙ってにこにこしている印象が強く、口数も少なかったのですが、岐阜の伯父が
親類を岐阜に招いてみんなで旅行をしたときに、岐阜公園だったかどこかのベンチで
伯父と並んで話をしたことがあります。
いつも親戚がまわりにたくさんいるから、伯父と二人きりで話したのは、おそらく
あのときが最初で最後です。
そのとき、こんなことを話してくれました。
鳥取から信州に行った時、春になったら一斉に花が咲いて、その花の色が本当に鮮やかで
とても感動をした、と。信州は寒暖の差が大きいから、色鮮やかな花が育つそうですが、
そのときの感動はずっと忘れないと言っていました。
あの伯父との会話は、私の宝物です。
伯父には息子一人と娘三人あります。告別式のあとで従姉妹に聞いたのですが、
亡くなる二日前、一番下の(同居している)従妹のマスクをとって、ほおを何度もなでた
そうです。それで、その上の従姉も、ほおをなでてもらったと言っていました。
その夜、意識が亡くなり、翌日息を引き取りました。ほおをなでたのは、お別れの
挨拶だったんだね、とみんなで話したそうです。
足の悪い母と、体調がなかなか戻らない私と、二人で一人前になるかならないかの旅で
したが、岐阜の従兄の助けもあって(同じ特急しなので行きました)なんとか日帰りでき
ました。伯父にお別れが言えたこと、従姉妹の顔が見れたことなど、本当によかったです。
でも、ずっと一緒だった従妹がひとりになってどんなに寂しいかと思います。
伯父さん、見守っていてくださいね。(もちろん、そうしていると思うけれど!)
この紅梅は、会社時代の先輩が庭で撮った写真です。
寒空を背景に、素朴でありながら凛として咲く姿は、花を愛した伯父に似合う気がします。
©️S.N
追悼〜ロブ・ライナー監督 ― 2025年12月30日 14:07
今月14日のロブ・ライナー監督の訃報には、とてもショックを受けました。
今も信じられない思いです。奥様のミッシェルさんとともに殺害され、
容疑者として逮捕されたのは息子さん(薬物問題があり、前日、親と口論していたという
報道もありますが、本当のことはわかりません)。
そのことが二重の衝撃でした。ご夫婦や、発見した娘さんの気持ちはどんなだったか…。
映画が大好きな私にとって、ロブ・ライナー監督の作品は、心を揺さぶられたり、
笑わされたり、ほろりとさせられたり、人生がちょっと楽しくなったりで、
それは、間違いなく私という人間を形成している一部です。
子役俳優だったことから、俳優の気持ちもよくわかるのでしょう、メイキング映像や
数々のインタビュー(本人や周りの人の)からは、演じる人たちとの仲の良さが
あふれんばかりに感じられ、それが作品のクオリティに反映されていたように思います。
作品の中でもとりわけ好きで、何度も映画館に通ったのは、『スタンド・バイ・ミ―』。
少年たちのひと夏の冒険と友情に、胸がいっぱいになりました。
今では、クリス役リヴァー・フェニックスの最後のシーンに、毎回胸が締めつけられます。
(いまごろ、天国でリヴァーくんと話をしているでしょうか。)
ちょっと可笑しなファンタジー『プリンセス・ブライド・ストーリー』は、
映画館で大笑いして、やはりその後も何度も観た作品です。
公開当時はヒットしませんでしたが、欧米では、ビデオ化されてからカルト的人気を誇り、
公開30周年記念の際には、ロブ・ライナー監督や出演者たちが一同に会しました。
(当然、30周年記念のBlu-rayは持っています。)
主演のケイリー・エルウェスは後にこの映画の回想録を書き、自ら朗読もしていますが、
タイトルは、映画の彼の決め台詞 ”As You Wish" (仰せの通りに)。
Audibleを買ったのですが、抱腹絶倒。ほかの役者さんや、ロブ・ライナー監督の言葉は、
当人たちのインタビューが入っているので、いつかもう一度聴いてみようと思います。
(今、監督の声を聴くのは、ちょっと切なすぎて無理…。)
『恋人たちの予感』は少し風変わりな男女のラブコメディ。
ビリー・クリスタルとメグ・ライアンが主演ですが、どちらもどこかヘン(私も相当変な
人間なので、人のことは言えませんが)。
ノーラ・エフロンの脚本が、すごく可笑しいのです。(ビリー・クリスタルは先ほどの
『プリンセス・ブライド・ストーリー』でもへんてこりんな役で登場。)
この作品は、監督のお母様がレストランのシーンで出演して話題になりました。
お母様に出てもらうとは、なんてチャーミングな人だろうと思いました。
メイキング映像の監督の表情も、本当に愉快そうにしていて、印象に残っています。
また、社会派ドラマも多く手掛けた人でした。
『ア・フュー・グッドメン』は、ジャック・ニコルソン、トム・クルーズ、デミ・ムーア、
ケビン・ベーコン、キーファー・サザーランドという豪華なキャストで、軍の闇を扱った
法廷もの。ドキドキハラハラの展開とセリフの面白さ(とっても秀逸)で、
やっぱり何度も観ました。
ほかにも名作がたくさんありますし、俳優としても、ちょこちょこ出演しています。
クリスマスの頃に観たくなるのは、『めぐり逢えたら』。
ノーラ・エフロン脚本で、監督も彼女。主演はトム・ハンクスとメグ・ライアン。
本当にロマナチックなラブストーリー。
クリスマスは過ぎたけれど、寒い季節に、心が温まる物語です。
ノーラ・エフロンは随分前に病気で亡くなりましたが、彼女とも天国でおしゃべりに
花を咲かせているでしょうか。
監督はリベラルな人で、自由を愛し、同性愛者の権利のために戦ってもいたそうです。
奥様は俳優で写真家、プロデューサーだそうで、同じように自由を愛する人だったのでは
ないでしょうか。
今の世界にこそ、必要な人たち。本当に惜しまれます。
ご夫妻のご冥福を心からお祈りします。
追悼〜ロバート・レッドフォード ― 2025年09月27日 16:10
天の川〜車山 ©️T.S.
先週、ロバート・レッドフォードが亡くなりました。
またひとり、きらめくスターが空に還って、地上が寂しくなりました。
スターというだけではおさまらない、大きな存在だったと思います。
優れた俳優であり、アカデミー賞監督であるだけではなく、ユタ州の美しい自然の中に、
サンダンスインスティチュートを設立。
ヒットが絶対条件の、大きなスタジオが牛耳るハリウッドでは取りこぼされてしまう
小さな優れた脚本や、独立系の映画人、若者たちをのびのび育てるラボです。
そして、そこで生まれた作品を発信するため、サンダンス映画祭を主催しました。
いまではすっかりメジャーな映画祭になりましたね。
環境活動家でもあり、社会的弱者の擁護者でもあり、まさにアメリカの良心。
今の世の中に本当に必要な人だったと痛感します。
俳優としてのキャリアも本当に華やかですが、初めて観たのは『明日に向かって撃て!』。
公開当時は子どもだったので、テレビ放送でのことです。
主題歌の「雨にぬれても」と、共演のポール・ニューマン、
そして、キャサリン・ロス演じるヒロインが印象的でした。キュートな目元が私の友だちに
そっくりで驚いたし(彼女いまでも似ています)、それゆえ、親しみも感じました。
ラストシーンのストップモーションも印象に残っています。
レッドフォードを偲んで観てみようと思う人がいるといけないので、ネタバレしませんが
名シーンだと思います!
私の通った岐阜の小中学校は、保護者同伴でないと映画館は出入り禁止でしたので、
やはりのちにテレビで観た作品ですが、『華麗なるギャツビー』は、美しく悲しい物語で
心に残っています。真っ白なスーツが決まっていて、当時話題になりました。
(父と叔父が真似して白いスーツを着て喜んでました。娘としては恥ずかしかったです。)
ディカプリオのギャツビーも観ましたが、趣が異なって、どちらもそれぞれ良いです。
そして、初めて映画館で観たレッドフォードの映画は、『スティング』でした。
東京に引っ越した高校一年のとき、ロードショーから渋谷の名画座にまわってきた際、
友だちと観に行きました。
昔はロードショー落ちの作品が、二本立て三本立てで、公開から随分遅れてですが
名画座で上映されていたのです。一本の料金で2本か3本観られるので学生の強〜い味方。『スティング』は『ペーパームーン』との組み合わせだったかな(この記憶大いに怪しい)。
田舎娘には、友だちと二人で映画を見に行くというだけで大冒険で、
それもあってか、『スティング』も強烈なインパクトがありました。
作品賞を含め、音楽賞などアカデミー賞7部門に輝きましたが、その音楽の軽やかで
楽しいこと。また、何章かで構成されていて、そのタイトルもいちいちおしゃれ。
仇討ちの相手を大仕掛のトリックで騙すという物語も、ドキドキワクワク面白く、
忘れられない作品です。
これも、ポール・ニューマンとの共演で、この二人のケミストリーはほんと抜群!
(生涯の友人だったそうです。お互いにとってなんて幸せなことでしょう。)
レッドフォードが監督をすると聞いたときには本当にびっくりしたものです。
(そして、その初めての作品『普通の人々』で、アカデミー監督賞をとったのですから、
さらにびっくり! 作品賞、助演男優賞、脚色賞も受賞しています。)
一見普通に見えるアメリカの家庭を描いた作品ですが、衝撃的な映画でした。
でも、とても心に染みて、切ないけれど、何度も観たいと思わせる秀作です。
(ただし、元気なときに観たほうがよい映画ですね。重い作品でもあるので。)
これを最初の監督作に選んだレッドフォードは、繊細で、誠実で、本当に素敵な人だと
感じ入りました。
冒頭の朝食のシーンが、まず、ガツンときます。
母親が、次男のためにフレンチトーストを焼くのですが、彼が食欲がなくていらないと
いったとたん、表情ひとつ変えずに、流しのディスポーザーに落として、ガーって
砕いてしまう。それだけで、母と息子の間の緊張感、家庭の不穏な空気が伝わってきます。
次男のティモシー・ハットン(若くしてアカデミー助演男優賞受賞)がとてもよいのですが、
監督として彼をキャストした選択眼も素晴らしいです。
父親はドナルド・サザーランド。(『24』のキーファーのお父さんです。)
家族の崩壊。そして、ラストのささやかな希望。
静かに流れるパッヘルベルのカノンも、胸に染みます。
『ナチュラル』『大統領の陰謀』『愛と哀しみの果て』など、名作が多くて
書くのに迷いますが、『リバー・ランズ・スルー・イット』は外せないでしょう。
こちらも監督作で、ある家族の哀切な物語。
モンタナの大自然のなか、厳格な父親と、性格の違う兄弟の確執と絆が描かれます。
のどかなフライフィッシングのシーンが夢のように美しく、脳裏に焼き付いています。
人は人を(家族を、だったかな…)理解できないかもしれないが、愛することはできる。
そんな言葉に、その通りだな、としみじみと思いました。
自由奔放な次男を若きブラッド・ピットが演じていますが、レッドフォードに
そっくりだと、当時話題になったものです。
のちに、『スパイゲーム』で、スパイの師匠(レッドフォード)と新人(ピット)の
役柄で共演しますが、この作品も好きでした。
ラスト、緑のポルシェに乗って颯爽と駆けてゆくレッドフォードのかっこいいこと!
最後に、メジャーではないけれど、個人的に好きな作品を2つ。
『ホットロック』と『スニーカーズ』。
『ホットロック』は犯罪コメディ映画というところでしょうか。古い作品で、
子どものころテレビで観ただけなので、内容はほとんど覚えていません。が、
やはりラストの(こちらは歩いて去ってゆく)レッドフォードがなんとも楽しげで、
妙に心に残っています。彼、泥棒なんですけどね。
(良い子の皆さん、真似しないでね。)
そして『スニーカーズ』。
もとハッカー(レッドフォード)が率いるのは、企業のセキュリティの弱点を見出すべく、
実際にハッキングして指摘し、報酬を得ている合法的なハイテク集団。
彼らと、世界を揺るがす究極の暗号解読機をめぐる、ドキドキハラハラの物語。
1992年の作品で、当時はハッカーを描くこと自体、あまりなかったと思います。
それゆえ、とても新鮮で面白かったし、今は亡きリヴァー・フェニックスが
コンピューターオタクを演じたのも、すごく楽しかったです。
冒頭の天の川の写真は、従兄がこの夏、送ってくれたものです。
霧ヶ峰の車山で撮影したそうです。無数の星のきらめきが、大スターを偲ぶのに
ふさわしいと思えて、アップしてみました。
いまごろ、ポール・ニューマンやリヴァーくんとおしゃべりしているのかな。
亡くなったお子さんたちにも会えていますね。
向こうの世界でゆっくりしてくださいという気持ちと同時に、地球や社会のことを案じて
活動していた彼に、時にはこの下界を見守ってほしいと思ってしまいます。
最後に、サンダンス・インスティテュートで彼の追悼を特集しているので、
そちらを載せておきますね。
↓↓
アラン・ドロンとサラファーンの星 ― 2024年08月19日 20:40
アラン・ドロンが亡くなりました。
数年前に脳卒中で倒れて以来、体調を崩していると聞いていて、いつかはこの日が来ると
覚悟はしていましたが、やっぱり寂しいです。
中学生の時、人生で初めて、ファンになった「スター」だったから。
当時のアラン・ドロンの人気ときたら、本当にすごくて、映画雑誌の表紙を何度も飾り、
映画もたくさん公開されたり、テレビでオンエアされたりしていました。
日本のCMにも出ていました。レナウンのダーバン! 愛馬と一緒のが特に好きでした。
こんな美しい人がこの世にいるだろうかと信じられない思いでしたが、
美しさよりも、彼の翳りに惹かれました。
4歳のとき両親が離婚。母親に引き取られるも、母の再婚で里子に出され、
いくつもの学校を(問題児だったため)放校になり、
17歳で軍隊を志願、インドシナ戦争に従軍し、軍でも問題を起こしたそうです。
たぶんずっと、愛情を求めていたのだと思います。
恋多き人でしたが、5年に渡る婚約が破綻して、長すぎた春と言われた
ロミー・シュナイダーとのその後の逸話は、とても胸を打たれます。
別れたあともずっと気にかけ、ロミーの一人息子が悲劇的な事故で亡くなったときには
半狂乱のロミーに代わって、葬儀をすべて準備したり、その後ロミーが亡くなった際には
3日間棺に付き添ったと言われています。そして、葬儀は静かなものにしたいと
(メディアが騒がないように)自身は出席しませんでした。
ボディガードが他殺体で見つかったときには、殺人容疑がかかりました。
この事件は未解決のままです。
真実はわかりませんが、この事件が彼の人生に大きな影を落としたのは
間違いありません。
そんなところも含めて、謎多き人ですが、犬と馬が大好きなことでも知られています。
孤独な分、動物と心を通わせることができるんだなと感じます。
青春の1ページのアラン・ドロン。
高校生の時に書いた短編の一つは、彼をモデルにしています。
また、ずっと前、このブログに書いたように、サラファーンの星のダイロスのイラストを
描くときには、彼の写真をたくさん参考にしました。
ダイロスは金髪ですので、髪の色は違いますが、アラン・ドロンの翳りと冷たい美しさを
投影したイメージです。こちらが、モノクロのスケッチ。(本物の美貌には届かないけれど
精一杯描きました。)
そしてもう一人。まだ記事にはしていませんが、いつか書こうと思っているキャラが
ロンドロンド。
アラン・ドロンの明るく純粋で繊細な一面を投影したキャラクターです。
俳優として、ルネ・クレマンやヴィスコンティなど、超一流の監督と仕事をした人ですが、
ヴィスコンティの『若者のすべて』は、本当にピュアで心やさしい若者を描いて秀逸です。
ロンドロンドのイラストを描くときも、無論アラン・ドロンの写真を参考にしました(が、
全然似ていなーい! とても難しかったです)。
特に好きな映画は『冒険者たち』。これも前にブログで書きましたが、ヒロインの
レティシアがとっても素敵で、ジョサの母親の名前をレティにしました。
日本版とアメリカ版は、エンディングでアラン・ドロンが歌う『愛しのレティシア』が
流れます。テノールの素敵な歌声です。(ロンドロンドは歌が上手で素晴らしいテノール)
フランソワ・ド・ルーベ作曲で、主題曲ともども、口笛が印象的な、一度聞いたら
忘れられない曲です。かつてはレコードを買いましたが、今はCDを持っています。
抗がん剤の副作用の痛みで眠れないとき、何度も聴いていました。
不思議と気持ちが落ち着くんです。
それで、彼はどうしているかなと思っていたのですが。
亡くなった直接の原因は公表されていませんが、悪性リンパ腫を患っていたそうです。
B細胞型。私が罹患しているガンと同じタイプのリンパ腫です。
彼は逝ってしまったけれど、私は頑張って治さなくちゃね!
今週、4回目の抗がん剤の投与を受けます。
その直前、訃報を受け、思わずこの記事を書かずにはいられませんでした。
たくさんのインスピレーションを与えてくれたアラン。ありがとう。
いまごろ、先に旅立った愛する人たちと再会して、喜びに包まれていますように。
戦争と平和と核と〜アカデミー賞に思う ― 2024年03月17日 22:10
先日行われた第96回アカデミー賞授賞式で、日本の二作品がオスカーを受賞しました。
おめでとうございます!
長編アニメ賞の『君たちはどう生きるか』視覚効果賞の『ゴジラ−1.0』を含めて、
『オッペンハイマー』『関心領域』『実録 マウリポリの20日間』といった
戦争と平和、核の問題を考えさせられる作品が多く受賞したのは、今の世界情勢と、
それに対する人々の祈りが反映されていると言えるのではないでしょうか。
『ゴジラ−1.0』の山崎監督が、受賞後のインタビューで語っていました。
「ゴジラというのは戦争の象徴であったり、核兵器の象徴であるゴジラを
なんとか鎮める話だと思うんですけど、その鎮めるという感覚を世界が今欲しているの
ではないかな、それがゴジラのヒットの一部につながったのではないかと思います」
『実録マリウポリの20日間』の長編ドキュメンタリー映画賞は、ウクライナ映画として
初めてのオスカーだそうです。
チェルノフ監督は、そのことを光栄に思うと話したあとで、自分は、この壇上で、
この映画を作ることがなければよかったと言う初めての監督だろうと続け、
この賞をロシアのウクライナ侵攻と引き換えにできたなら……と、切実な思いを
静かな口調で吐露していて、胸がつまりました。
国際長編映画賞の『関心領域』も、深く考えさせられる作品です。
ホロコーストが行われているアウシュビッツ強制収容所の隣で平穏に暮らす一家を描く
静かな(そして、心理的にとても怖い)反戦映画。
受賞スピーチでは、去年のハマスによるイスラエルの奇襲や、その後のイスラエルによる
ガザへの報復に触れ、我々はどうやって抵抗すべきか?と問いかけ、
出演した女優さんが席で拍手をしながら涙を流す姿が見られました。
作品賞、監督賞を含め、最多七部門に輝いたのは『オッペンハイマー』。
主演男優賞のキリアン・マーフィは、スピーチの最後をこう締めくくっていました。
「この映画は原爆を作った人の話です。わたしたちは今も彼の世界に生きています。
この賞を、世界中のピースメイカー(平和を求めて努力する人、
平和をもたらそうと仲裁する人)に捧げます」
彼はアイルランド人。作品によって様々な顔を見せてくれる俳優さんですが、中でも
祖国の独立とその後の内戦を描いた『麦の穂をゆらす風』の演技が心に残っています。
そんな背景もあって、平和への思いは、とても強いのではないかと思います。
授賞式の翌日、クローズアップ現代で、ノーラン監督のインタビューを見ましたが
(オスカーを受賞する前にハリウッドで行われたインタビューです。)
10代の息子さんに映画の内容を話したとき、自分たちの世代は、核の脅威よりも
気候危機の方が差し迫った問題だ、というようなことを言われ、ショックを受けたと
語っていました。
その後、時計の針を逆に回したように、核の脅威が高まっています。
映画は、原爆の父と呼ばれる理論物理学者オッペンハイマーの視点で描かれており、
広島と長崎の惨状は画面に登場しないそうですが、
それでも、世界を破滅させる恐ろしいものを生み出してしまった、という
オッペンハイマーの苦悩、ジレンマは、映画紹介の画面から伝わってきました。
サラファーンの星四部作に登場する〈氷河〉は、核兵器のメタファーとして描いたこと、
『ユリディケ』を書いた時代、「地球温暖化」が叫ばれ始め、それも意識して描いたことは
このブログでも何度か書いていますし、本のあとがきにも書いた気がします。
そんな恐ろしい兵器を生み出した人物の心は、いったいどのようなもの
だったのか、物語を書き進めながら掘り下げ、体験していきました。
人物のバックグラウンドも、開発のきっかけも、世界も全く違いますが、
天才的な科学者が抱えるジレンマは、オッペンハイマーと重なるのではと感じています。
アカデミー賞授賞式を見たのは、たぶん、十数年ぶりです。諸々の事情で、
そんな余裕もなかったけれど、今回、気合を入れてWOWOWを入れ、久しぶりに見て、
自分がどれほど映画が好きだったかあらためて思い出しました。
物語を紡ぐようになったのも、幼い日、映画に恋したことから始まったのです。
4部門で受賞した『哀れなるものたち』も、とても好きな本、メアリー・シェリーの
『フランケンシュタイン』が下敷きになっているそうで、気になっています。
少し所用が重なり忙しい日々が続きますが、なんとかいろんな作品に足を運びたいです。
映画『スターダスト』で当たったノート ― 2023年11月19日 19:50
2007年公開の『スターダスト』。
ニール・ゲイマン原作、クレア・デインズとチャーリー・コックス主演で、ロバート・デ・ニーロが空飛ぶ海賊、ミッシェル・ファイファーが魔女、ピーター・オトゥールが王様という豪華キャストの、楽しく素敵な(そして、ちょっとおかしな)ファンタジー映画です。
それほど話題にはならなかったけど、ヒロインのクレア・デインズが地上に落ちた流れ星で、
なんだかチャーミングで、星の大好きな私にとって、タイトルも魅力的でした。
その映画の話はまた別の機会にするとして、こちらはそのノベルティグッズ。A5版ノート。
雑誌かなにかで、”10名様にプレゼント”という抽選があり、ダメ元で応募したら、
ある日、ポストに届いていました。
(あまり応募する人がなかったのか、あるいは、星だ〜☆♡という熱い思いが通じたのかな)
バックスキンのように加工した布製の表紙、中の紙はオフホワイトで古風な風合い、閉じると
ベルベット風のリボンで結べるようになっています。
もったいなくて、長らく使えなかったけど、サラファーンの星を書き上げ、Websiteを作る際
そのメモに使い始めました。↓こんなふうに。
今は、『ユリディケ』を紙の本にしようと、そのアイデアやメモに使っています。
(昨日、朝食を作っていて指を火傷し、キイボードを打つのにちょっと苦労しています。
みなさんも、フライパンの扱いには気をつけてくださいね!)
インディ・ジョーンズと運命のダイヤル ― 2023年08月06日 13:50
インディアナ・ジョーンズが帰ってきました!
学生時代に第1作を観てから40年。
最初、5作目ができると知った時には冗談かと思いました。
ハリソン、御年79歳。(いまは誕生日が来て80歳!)できるのかな?と。
けど、冗談じゃなかったんですね。
1作目から観ていたファンとしては、これだけは大画面で観ないと!というわけで、
調子を崩してから一年半行けていなかった映画館に、気合入れて行ってきました。
パンフレットもゲット。表紙がとってもクールで感動(上の写真です)。
中身もぎゅっと詰まっていて、読み応えもたっぷり。最近は世界同時公開で
観てから作れないこともあり、中身のないパンフレットも多々見受けられますが、
これは力が入ってました。シリーズを知らない人のために、それぞれを見開きでまとめて
あるし、コンセプトアートやインディのパスポートの写真まで載ってます。
4作目はいまひとつだったけど、最後を飾る今作は、役者と制作者の思いのこもった
まさにファンのための映画といえる作品で、一作だけでも家族で楽しめる映画ですが、
シリーズを知っていると楽しみが増す心憎い仕掛けが随所にちりばめられています。
1作目と3作目がナチスドイツが敵役の第二次大戦を背景にしたもの(2作目は1作目の
前の年にさかのぼる)。4作目は1950年代の冷戦下(別れた恋人マリオンとのあいだに
息子がいた!という設定)。
今作『運命のダイヤル』では、インディは大学教授を退職します。
時は1969年。
アポロ11号が人類初の月面着陸を成功させ、ちょうど教授の座を退く日に、ニューヨークで
凱旋パレードが行われます。ベトナム戦争真っ只中で、若者たちは反戦デモで抗議をし、
ロックンロールに夢中です。
インディのアパートメントの下の階から聞こえる音楽は「マジカル・ミステリー・ツアー」。
ヒッピーの若者が大音響でレコードをかけているのですが、タイトルが、
これから起こるインディの旅を思わせます。
お決まりの小道具は、今回も大活躍。トレードマークの帽子と鞭ももちろん登場。
帽子はお守りのようなもの。この帽子の由来は、3作目『最後の聖戦』で描かれています。
このとき少年時代のインディを演じたのがリヴァー・フェニックス。
インディのパパをショーン・コネリーが演じて豪華でした。ふたりとも、残念ながら
もうこの世の人ではないけれど、1作目にエジプトで発掘を手伝い、
3作目にも登場したサラーは、ニューヨークに一家で移民し、今作でも登場します。
嬉しい再会。(ジョン・リス=デイヴィス。「ロード・オブ・ザ・リング」のギムリです。)
いつものお約束の地図ーーインディが場所を移動すると、その軌跡を矢印でたどる
古風な地図と古風な演出もそのままだし、
インディが馬で駆けるシーンも登場(NYの街と地下鉄構内&線路!)、
インディが大の苦手とするヘビは、ちょっと形を変え、オオウナギとして登場。
今回のヒロイン(インディの親友の娘で、インディが名付け親)の相棒は、もとスリ。
2作目『魔宮の伝説』でインディがスリの少年を、大切な仲間にするくだりを思わせます。
『魔宮の伝説』のショーティ(キー・ホイ・クアン)は、今年度のアカデミー助演男優賞を
『エブリシング・エブリウェアー・オール・アット・ワンス』で受賞したんですね。
(街を歩いていると『エブリシング〜』に出てた人だねといわれるそうですが、いまだに
『インディ』に出てたショーティだね?とも声をかけられるそうです!)
インディ映画のオープニングには、毎回、物語の発端となるエピソードが出てきます。
学生のころ映画館で、『レイダース 失われたアーク』の予告編で大きな岩がごろごろと
ハリソンを追いかけてくる予告編をみたときの強烈な印象は、今も鮮明に覚えています。
今回は、第二次世界大戦さなかの1944年、ナチスの手から考古学の貴重な発掘品を
インディが取り戻そうとするエピソードが描かれますが、そのシーンのハリソンの若いこと!
25年の歳月をどうやって若返らせたのか不思議でしたが、パンフレットを読んでびっくり。
ルーカスフィルムが保有する40年前に撮影したインディと『スター・ウォーズ』のフィルム
(映画には使われなかったものも含めて数百時間分)を検索し、画角や明るさなどが
一致するショットを発見できる技術を使ったそうです。
今回ハリソンは実際にそのシーンを演じ、それに過去のフィルムの顔をあてはめる作業です。
セリフもハリソンが話していて、若い頃と比べて、いまは声のトーンが低くなっているから、トーンを高くするよう心がけたそうです。
みていて全然違和感がなかったので、舞台裏を知って、本当に驚きました。
アントニオ・バンデラスがインディの親友役で出ていたのも嬉しいサプライズでした。
彼、『デスペラード』や『マスク・オブ・ゾロ』での、南欧の濃い色男というイメージが
あったのですが、すごくいい感じに歳を重ねていて、パンフレットをみるまで、彼だと
気づきませんでした。渋かったなぁ〜。こんなふうに成長できる俳優さんって素敵です。
『運命のダイヤル』(the Dial of Destiny)というタイトルだからこその演出もありました。
これはさほどネタバレってことにならないんじゃないかな(注:一番最後に、ネタバレかな、
と思うことーーこの映画の大好きなシーンのことをひとつ書くから、これから観ようと
思っている人は、そこはスルーしてくださいね)。
インディとヘレナ(ヒロイン)が洞窟に入って、「音が一番響くところ」を探すシーン。
なにか歌って試そうと、ふたりがともに口ずさんだのが、ベートーベンの『運命』。
「ババババーン! ババババーン♪」
(ベートーベンの交響曲、英語でもDestinyってタイトルです。)私の頭では『運命』の冒頭は
ダダダダーン!なんだけど、母に話したら、「私はババババーンよ」と。そうなんかなぁ。
スピルバーグとルーカスがタッグを組んで生み出した、ある考古学者の冒険物語。
今回スピルバーグとルーカスは製作総指揮で、監督はジェームズ・マンゴールド(インディの
世界観をしっかり受け継いでいます)。『3時10分、決断のとき』や『ナイト&デイ』
『フォードVSフェラーリ』など、私も大好きな作品の監督さんです。
音楽はもちろん、ジョン・ウィリアムズです。こちらは御年90歳!
『スター・ウォーズ』を見たときからハリソンのファンですが、『スター・ウォーズ』も、
もう作らないのかなってあきらめていたら、しっかりハリソン出演でシリーズが完成したし
(でも、ちょっとハン・ソロの運命には納得できない…)、インディの壮大な物語が
素敵なエンディングを迎えて、とてもうれしいです。
インディの長年の旅路には、ほろ苦い面もたくさんあります。
前作に出ていた息子が出てこないな、と思っていたら、ベトナム戦争に出征していたり、
教授としての人生を華々しく終えたわけではなかったし(引退のシーンもささやかです)、
妻とは離婚協議中で別居している、一人暮らし。
そんなふうに始まるところも、なんだかよかったなと思います。最近のアクション映画に
よくあるように、これでもか!と激しいシーンが続く、ということはなく、
ちょっと静かなシーンもあって、そういうところでは、オールドファッション人間としては
ひと息つけて、ほっとします。
文面からすぐにわかると思いますが、この映画だけではなく、ハリソンのファンです。
(とはいえ、映画三昧できた若い気軽な身分の頃、彼の映画は片っ端から観ていましたが、
その後はそうでもないので、それほど忠実なファンとはいえないかもしれませんが。)
で、映画三昧していた当時、『ママはシングル』という小説を書き、ママをハリソンの
大ファンにしました。自分のことは(周りの人も)小説のモデルにはしませんが、
ハリソンのファンで広告代理店勤め、ということは、キャラクター設定に使いました。
寝坊して起きないママに、娘が、「ハリソンがテレビに出てる!」と嘘をつき、
「え? どこどこ?」とママが起きてくる、というシーンに。
(当時の私も絶対そう言われたら飛び起きてます。)
インディは考古学的に貴重な品を探しているけれど、彼の精神はつねに(本人はおそらく
意識していない)世界の真の平和のために、そして、ささやかな日常のために、
命を張っています。(そして、その活躍は、世間には知られていません。)
今日は広島に原爆が投下された日。地球に生きる人間として、忘れてはならない日です。
核を使われる危険が、これまでになく現実味を帯びて感じられる今、わたしたちは、
核兵器は抑止力にはなりえないと悟り、未来の世代に少しでも良い世界を手渡さなければ。
その思いを新たにしながら、犠牲になった方々のご冥福を祈り、平和への祈りを捧げます。
☆ ☆ ☆
最後に。『運命のダイヤル』で、お洒落で素敵だなって、心が温かくなったのが、
マリオンとのシーン。(ネタバレ注意)
『レイダース 失われた聖櫃(アーク)』での、有名なキスシーンの再現です。
同じセリフを使っていて、ぐっと来ました。やっぱり、こうでなくちゃ!
そして、世界は「争い」ではなく「愛」でできていると信じたいです。
坂本龍一さんを偲んで ― 2023年05月03日 22:30
憲法記念日の夕方。5時半過ぎに近所に買い物に行くと、まだ明るい東の空に
月がぽっかり浮かんでいました。満月が近くなって月の出が少しずつ遅くなっています。
青空にこんなふうに水晶のように透ける月も、とても好きです。
(月は画面中央です。クリック拡大で、模様もなんとなく見えるといいな。)
坂本龍一さんの訃報に接してひと月が過ぎました。
反戦と脱原発を訴え、環境問題も真剣に向きあっていた「教授」。
今も空の上から、憲法9条を守りたいと願っているに違いありません。
フィギュアスケーターの三原舞依さんが、先月の国別対抗戦で、シーズン締めくくりとなる
『戦場のメリークリスマス』を滑っていた姿が思い出されます。
彼女の天上的な舞には、坂本さんへの心からの追悼が込められていました。
映画公開当時、彼の音楽も、デヴィッド・ボウイという同じく世界的な音楽家との共演も、
楽しみだったのを思い出します。
戦争のむなしさを描き、強く平和を願う作品で、美しいピアノ曲が、観終わったあとも
ずっと心に響いていました。
東日本大震災から12年になるこの春、坂本さんは新聞に(我が家の場合は中日新聞)
原発に反対するメッセージを寄せていて、切り抜いてデスクに置いていたのですが、
そのすぐあとに亡くなられてしまい、大きな衝撃を受けました……。
そのメッセージのなかで、坂本さんは、
「なぜこの国を運営する人たちはこれほどまでに原発に固執するのだろう」と
疑問を投げかけています。
放射性廃棄物の処理の仕方も未解決で増える一方だし、2011年の原発事故の汚染水、
処理水も増える一方。世界一の地震国だというのに、なぜだろう、と。
本当に、わたしも不思議でなりません。
東日本大震災の原発事故を受けて、ドイツは、当時のメルケル政権が脱原発を決断しました。
そして、ロシアのウクライナ侵攻という逆風のなか(実際、反対意見も増えつつあるなか)、
先月、脱原発を完了しました。
痛みをともなっても、未来をしっかり見つめ、賢明な決断を下した勇気に敬服します。
なのに、事故当時国のこの国は、まったく逆方向へと動いていて、悲しくなります。
そして、二度と戦争をしないと誓った憲法9条を変えようとしていることも悲しいです。
水晶のような澄んだ月を見上げ、坂本さんを偲びながら、
日本が平和への道をしっかりと歩み、未来を築く若い人たちが、ひとりでも多く
彼の遺志を受け継いでいってほしいと願いました。












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