記憶をつなぐ、未来へつむぐ2026年01月17日 17:46

夜明け前、夢を見ました。地震の夢です。
どこか場所はわかりませんが、わたしは建物の中にいて大きな揺れに見舞われています。
みんなパニック状態。ガラスの棚があり、それも大きく揺れて今にも倒れそうで、
一瞬揺れがおさまったとき、横にしておいたほうがいいね、と、そこにいた人たちと
みんなであらかじめ横倒しにして、次の揺れに備えました。
また揺れが来たところで、目が覚めました。

そんな夢を見たのは、未明になったら発生から31年になる阪神・淡路大震災に
思いを馳せて眠りに就いたからでしょう。
時刻は5時44分。外はまだ真っ暗です。あと2分で震災のあった時刻。
犠牲になった方々の魂が安らかでありますよう、静かに祈りを捧げました。

当時、私は岐阜にいましたが、下からどんと突き上げられる揺れで飛び起きました。
それから、ぐわんぐわんというような、なんともいえない大きな揺れが長く続きました。
普段の地震と全然違います。どこかで大きな地震が起こったのだと思いましたが、
テレビを付けても最初は情報が錯綜していました。
やがて、神戸が大変なことになっているとの報道に、衝撃を受けました。
当時、兵庫では地震の確率が高いとはまったくいわれていなかったのです。
東日本大震災も熊本地震も、地震が起きる確率は低いといわれていたと記憶しています。
日本は地震大国。どこにいても、備えは必要です。

今朝、神戸の東遊園地では、「つむぐ 1.17」という文字が灯籠でともされました。
追悼の思いを胸に刻みながら、記憶と教訓をつないでいくという決意、
日本中にいる地震で困っている人たちの気持ちを未来につむいでいきたいとの思いが
あるそうです。

犠牲になった方は6434名。それは亡くなられた人の数ですから、
その数字の意味するところは、もっともっと大きいです。
今回遺族代表で挨拶をされた佐藤悦子さんの母親の正子さんは、
今も行方がわからないままだといいます。
悦子さんは、震災は揺れがおさまったら終わりではない。家族を探し続ける日々があり、
今も大切な人に会いたいと思い続ける人がいることを知ってもらいたいよね、
大切な人との時間を大事にしてほしいよね、いう言葉が、切々と胸にしみました。

この世に生かされているということ、家族や友だちがいるということ、
ご飯を食べることができるということ、雨露をしのげる家があるということ。
すべてが「ありがたく、かけがいがないこと」なのだと思います。
未来へつむいでいきたい、大切な思いです。

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