雪道に気をつけてくださいね ― 2026年01月28日 21:38
また大雪の予報です。
雪の量が少なくても、朝は特に気温が低くて道が凍結するので、お出かけには
どうか気をつけてくださいね。
先日、名古屋で雪が降った朝、妹の夫が出勤の際、もう雪はやんでいたので、
駅まで自転車で行こうとしたらしいのですが、カーブを曲がろうとしたとき、
凍った道でスリップして転倒し、鎖骨を骨折しました。
全身麻酔での手術となり、妹と一緒に付き添いましたが、丁寧で優しい先生で、
手術も成功し、今朝、無事退院できて、ほっとしました。
予後もよいようにと祈っています。
1年後、肩に入れた金属のプレートを取る手術があるので、リハビリをしながら
大事にしてほしいです。
彼は暖かな湘南の出身なので、雪には慣れていなかったのかもしれません。
私は雪の降る地方で育ち、雪道には気をつけている方ですが、
それでも、以前、凍った駐車場で転んだことがあります。
その時は手のひらの怪我しか気づかず、それは大したことなかったので、
まあいいやと思って、運転して高速に乗り、家まで帰ったものの、
車を降りて、地面に立とうとした途端、左足の激痛で動けなくなりました。
仕方なく、右足でゆっくりけんけんして、なんとか勝手口にたどりつきました。
あとは、母の杖を借りて歩き、翌日病院に行くと、足首をくじいていました。
幸い、骨折ではなかったので、しばらく通院して治ったのですが、
気温が低いときには、道でもどこでも凍結するんだと、身にしみました。
自転車は特に危ないです。義弟はヘルメットを被っていたので(名古屋では
義務付けられています)それはよかったのですが、もし倒れたところに車が
走ってきていたら、と思うとぞっとします。
雪の降る日に生まれたし、雪は好きだし、雪の結晶は本当にきれいです。
ただ、自然はみなそうですが、ときに、脅威にもなります。
雪でも仕事で出かけなければならなかったり、屋根の雪下ろしや、
家の周囲の雪かきをしなければならなかったりする方もいると思いますが、
どうぞくれぐれも気をつけてくださいね。
『モンテ・クリスト伯』とマルセイユ ― 2026年01月25日 14:38
マルセイユを訪れたのは1989年。
『ユリディケ』のささやかな印税をぜ〜んぶはたいて、ヨーロッパを5週間回ったときです。
ロンドン往復の格安航空チケットを取り、まずはイギリスに語学留学した友だちと落ち合い
南仏やイタリアを回りました。
プロヴァンス地方をすすめられ、最初に降り立ったのがマルセイユ(だったと思う)。
スマホもパソコンもない時代。
「地球の歩き方」を手に、着いたその日に公衆電話でホテルに電話したり、直接行って
部屋を見せてもらって決めたりしました。
マルセイユの港は明るく、海は爽やかな青。空も青く、ヨットがたくさん係留されていて、
夕食は、タクシーの運転手さんに、おすすめのお店は?と聞いて(あるいはもしかしたら
宿の人に聞いてタクシーに乗った)ら、港の前のレストランに連れて行ってもらった気が
します。こちらの記憶もはなはだ怪しいですが、そのレストランと港の美しさは
はっきりと覚えています。ウエイターのお兄さんが片言英語で一生懸命メニューの説明を
してくれたことも。
友だちはマルセイユ名物のブイヤベースを、私はドーバーソール(巨大な白ビラメ)の
ムニエルを頼みました。美味しかったです。すごいボリュームだったけれど。
一番小さなのにしてね、と頼んだら、お魚を何匹か持ってきてくれて、小さいのって
これだよね、というのが、もう相当な大きさで。
陽気なお兄さんの説明で、デザートも想像しながら頼みましたが、彼の英語と私たちの
英語との誤差?により、想像と全く違ったものが出てきました。それも旅の楽しみですね。
そんな明るいマルセイユの港から海を望むと、
遠くに断崖のある小さな島が浮かんでいるのが見えます。イフ城を抱く島。
友だちと私が港をぶらぶらしていたとき、街の人が教えてくれました。
そこは、アレクサンドル・デュマの小説『モンテ・クリスト伯』で主人公が
幽閉されていた場所で、かつては要塞だったものが、牢獄になったのだと。
明るい南仏の太陽のなせるわざか、そんな暗いイメージはまったくなかったです。
調べてみたら、牢獄として使われたあと、歴史的建造物に指定され、
フェリーも出ているそうで、行ってみればよかったなぁ。私ときたら、
「地球の歩き方」よく読まなかったのだろうか。残念です。
その旅から何年かあと、別の友だちと話をしている時、彼女がいいました。
「これまで読んだ本の中で一番面白かったのが、『モンテ・クリスト伯』。
主人公が、友だちに陥れられて、無実の罪で島の監獄に投獄されてね、脱獄して
復讐するの。すごく長い話なんだけど、あんまり面白くて、何回も読んじゃった!
絶対読んでみて!」
あのマルセイユの島が出てくる物語だ、と思い出しました。
同じ作者の『三銃士』は本当に面白かったので、デュマの本が絶対に面白いとは
想像できたけど、彼女がそんなふうに興奮して話すほど面白いんだなんて。
なにしろ、彼女が進める映画は全部面白かったから、本もそうに
違いありません。
でも、何冊にも及ぶ本で、三銃士より長いと聞いて、ちょっと腰が引けました。
(自分でもその後、長い物語を書くことになるので、そんなふうにいうのは
どうかと思うのですが。)
けれど、頭の中にある「死ぬまでに読みたい本」のリストには、いつもありました。
その『モンテ・クリスト伯』がドラマになって、日本でもオンエアされるというので
楽しみにしていました。ところが、風邪でぼうっとして、すっかり頭から抜け落ちていて
気がついたらもう始まっていました。が〜ん!
でも、見逃し配信をしているとのことで、
パソコン音痴で大丈夫かと思いながらトライしたら、無事見ることができました。
そのドラマの面白いこと! マルセイユの街やイフ城もでてきて、わくわくします。
オープニングクレジットも素敵です。夜の海で、ゆらめく波や、海の中から撮られていて、
婚約者と幸せの絶頂にいた主人公が一気に不幸のどん底に突き落とされた絶望感や、
先の読めない物語の持つ不穏さ、波乱万丈な雰囲気を伝えています。
波のあいだからちらちら映るのは、モンテ・クリスト島。投獄したあと、重要な役を
果たす島で、主人公ダンテスが別人となるときの名前の由来となっています。
クレジットの最後には、島に登る太陽。これも明るい感じではなく、翳りがたっぷり。
さて。若き船乗りだったそのエドモン・ダンテスが陥れられ、無実の罪で投獄され
脱獄して復讐を果たしてゆく物語は、ハラハラドキドキで、
本日25日が、最終回です。夜7時からBS12で。夕食時なので、録画して明日以降
ゆっくり見ます。(本当は早く見たいけど、健康のため、早く寝ているので…)
調べてみたら、去年、映画も公開されていました。フランスで過去最大のヒットとか。
それも見逃してしまったけれど、まだ映画館に行く体力がないので、仕方ないです。
ただ、ドラマ版は8話まであって長いので、やっぱり、先に見るのはこっちかな。
俳優さんたちが本当にいいです。
個人的には、第二話、牢獄の隣人となった神父さん(彼、脱獄用に何年も穴を掘っていて、
海に出るつもりが、ダンテスの部屋に抜けてしまう)との物語がとても好きです。
若き隣人に、社交界のマナーから、天文学から、物理から、脱獄の知識、差し入れられる
食事からオイルランプ用の油、衣服を縫う針を作る方法まで、彼の持てる知識のすべてを
教え、脱獄へと導くのです。
大作の話とともに書くのは、少しはばかられるのですが、サラファーンの四部作で、
ジョーが投獄され、脱獄するのを思い出しました。独房に入れられるはずだったジョーは
とあることから、謎めいた老人の部屋に入れられます。
ヒーラーでもある老人は、拷問を受けて瀕死の状態だったジョーの命を救い、身体を癒やし
五感を鍛え、重要な使命を託して、脱獄させます。老人とジョーのシーンは話が次々
浮かんで長くなりすぎ、半分以上けずらなければなりませんでした。
それにしても、モンテ・クリスト伯の物語はどんなふうに終りを迎えるのでしょう。
前回第六話は、とっても切ないシーンで終わってしまったので、なにか救いがありますようにと
願っています。
「ただ、復讐は蜜の味」といわれますが、私にはそうは思えません。
復讐という暗い情念は、その人自身の心に跳ね返ってしまう気がします。だから、
絵に描いたようなハッピーエンドにはならないんでしょうね。切ないですね。
「優しい世界であってほしい」 ― 2026年01月22日 14:31
居間には、何十年も前、両親がなにかのお祝いにいただいたリアドロの馬があります。
ずっと、家族みんなのお気に入り。
今年は午年だから、馬も少年少女もいつもより嬉しそうに見えます。
見ていると、優しい心になる置物です。
馬は繊細で優しい動物。子どものころから大好きです。
(好きすぎるからかな、自分の物語にもたくさん登場させてしまいます。)
今日は、午後は雪になるかもと思って、朝一番で近くのスーパーに行きました。
朝はレジが少なく、無人レジが2つくらいと、人のいるレジが1つです。
バラ売りの伊予柑を1つ買ったので、値段がついてなくて、人のいるレジに行きました。
(そうでなくても、無人レジより人のいるレジが好きなんだけど。)
すると、私の前にいた年配の女性が、伊予柑1つとヨーグルト2パックだけのかごを見て、
「お先にどうぞ。少ないから」とにっこり。年上の方に譲っていただくなんて、
とんでもないと思って、
「いえいえ、そんな。どうぞどうぞ」とお断りしたのですが、
もう一度、お先にと言ってくれます。
せっかくのお気持ちを無駄にしてもと思い直し、お礼を言って入れていただきました。
終わったあと、もう一度お礼を言うと、「いいえ。どういたしまして」とまた明るい笑顔。
それから、レジの方に「おはようございます。お願いします」との声が聞こえてきました。
私も、レジの方には、「おはようございます」とか「こんにちは」の挨拶をして、
終わったあとには「ありがとうございます」と言います。お互い気持ちいいですものね。
でも、「お願いします」と言ったことはなかったなって気が付きました。
女性の声は、丁寧な優しい声で、物腰も柔らかでした。見習わなくっちゃ。
やっぱり、誰もが誰にもに優しい社会っていいです。みんなが過ごしやすいと思います。
今、中日新聞で「解体人書 スポーツの力」という連載をしています。運動音痴なのに
スポーツ大好きで、毎回楽しみに読んでいます。
今朝は、萩野圭介さんが登場。ご存じの方も多いと思いますが、リオ五輪で金メダルを
とったあと、右ひじの手術をしてから不調に陥り、東京五輪への周りの期待の重圧や
さまざまな葛藤を抱え、うつ病になりました。
現在は、(確か、日本体育大学の大学院でスポーツに関する研究をするかたわら)
そうした経験を語る活動を続けています。
めざましい活躍をするアスリートだって、わたしたちと同じ人間です。
ただ、メディアなどで注目され目立つだけに、
アスリートたちは、SNSで誹謗中傷を受けやすい存在です。
今日の記事の最後。萩野さんの言葉が素敵です。
「アスリートが単なる消費物ではなく、人として一人一人が大切にされる
優しい世界であってほしい」
そのことは、アスリートだけでなく、どんな人にも通じるのではないでしょうか。
ところで、私はようやく、長い風邪のトンネルを抜け、咳が少し残るだけとなりました。
年末に治ったかと思ったのに、そのあとまた少しぐずぐずしてしまって。
お世話になっているデザイナーの畠山さんも年末年始風邪をこじらせたそうで、
キャラ相関図、ゆっくりペースになっていますが、少しずつつ進めています。
のろまでごめんなさい🙏 健康第一でやっています。いましばらくお待ち下さいませ。
名古屋はまだ降っていませんが、来週まで強力な冬将軍が居座りそうで、各地で大雪が
続いています。あまり被害が出ませんように。
雪の多い地域のみなさま、どうぞくれぐれも気をつけてお過ごしくださいね。
記憶をつなぐ、未来へつむぐ ― 2026年01月17日 17:46
夜明け前、夢を見ました。地震の夢です。
どこか場所はわかりませんが、わたしは建物の中にいて大きな揺れに見舞われています。
みんなパニック状態。ガラスの棚があり、それも大きく揺れて今にも倒れそうで、
一瞬揺れがおさまったとき、横にしておいたほうがいいね、と、そこにいた人たちと
みんなであらかじめ横倒しにして、次の揺れに備えました。
また揺れが来たところで、目が覚めました。
そんな夢を見たのは、未明になったら発生から31年になる阪神・淡路大震災に
思いを馳せて眠りに就いたからでしょう。
時刻は5時44分。外はまだ真っ暗です。あと2分で震災のあった時刻。
犠牲になった方々の魂が安らかでありますよう、静かに祈りを捧げました。
当時、私は岐阜にいましたが、下からどんと突き上げられる揺れで飛び起きました。
それから、ぐわんぐわんというような、なんともいえない大きな揺れが長く続きました。
普段の地震と全然違います。どこかで大きな地震が起こったのだと思いましたが、
テレビを付けても最初は情報が錯綜していました。
やがて、神戸が大変なことになっているとの報道に、衝撃を受けました。
当時、兵庫では地震の確率が高いとはまったくいわれていなかったのです。
東日本大震災も熊本地震も、地震が起きる確率は低いといわれていたと記憶しています。
日本は地震大国。どこにいても、備えは必要です。
今朝、神戸の東遊園地では、「つむぐ 1.17」という文字が灯籠でともされました。
追悼の思いを胸に刻みながら、記憶と教訓をつないでいくという決意、
日本中にいる地震で困っている人たちの気持ちを未来につむいでいきたいとの思いが
あるそうです。
犠牲になった方は6434名。それは亡くなられた人の数ですから、
その数字の意味するところは、もっともっと大きいです。
今回遺族代表で挨拶をされた佐藤悦子さんの母親の正子さんは、
今も行方がわからないままだといいます。
悦子さんは、震災は揺れがおさまったら終わりではない。家族を探し続ける日々があり、
今も大切な人に会いたいと思い続ける人がいることを知ってもらいたいよね、
大切な人との時間を大事にしてほしいよね、いう言葉が、切々と胸にしみました。
この世に生かされているということ、家族や友だちがいるということ、
ご飯を食べることができるということ、雨露をしのげる家があるということ。
すべてが「ありがたく、かけがいがないこと」なのだと思います。
未来へつむいでいきたい、大切な思いです。
夜明け前の月 ― 2026年01月15日 19:27
今朝は市の健康診断のため、夜明け前に起きました。
東の地平線がピンクとオレンジに染まった上には、まだ細い月が輝いています。
夜明け前の静かなひととき。心も静かになる、とても好きなひとときです。
時刻は6時20分過ぎ。ぽつぽつと明かりのついた家もありますが、
まだ街灯が灯っています。薄い青の空はどこまでも澄んだ色でした。
それから1時間弱。出かける準備をしているうちに、月は消え、地平線近くには
オレンジ色の朝日が見えました。
薄い雲がかかっているので、やわらかな光で、こちらも本当にきれいでした。
そんな美しい朝ですが、軽井沢の碓氷バイパスでバス事故があったのは、
ちょうど10年前のことです。
スキーツアーのバスが、碓氷バイパスのカーブを曲がりきれず、ガードレールを
突き破って崖から転落したのですが、乗客が若く、ほとんどが大学生だったことが、
いっそう衝撃的でした。
法政大学の尾木ママのゼミの学生も10人乗っていて、4人が亡くなったことも
思い出します。先生としてそんな悲しいことがあるでしょうか。
バスは、制限速度50キロの道を100キロ前後で走っていたといいます。
運転手の経験不足も指摘され、運行会社の社長と当時の運行管理者が
業務上過失致死傷罪に問われて、長野地裁で有罪となりましたが、無罪を訴えて
告訴したため、裁判は今も続いています。
遺族会や尾木ママは、政府に対する安全対策の要望や、命の大切さなどを訴え
様々な運動をしています。
そうした努力で、バスの運行の規制は強化されましたが、バス業界に限らず
安全意識の薄さから起こる事故があとを絶ちません。
亡くなった人たちの命を無駄にしないよう、より安全な社会になるよう、
公共交通機関だけでなく、誰しもが安全に対する意識を高めていきたいーー
そんなことを思った夜明けでもありました。
母のふるさと鳥取の地震 ― 2026年01月13日 21:50
島根と鳥取での震度5強の地震から一週間になります。
鳥取は母の故郷で親戚もいます。連絡したところ、無事だとのことでほっとしましたが、
怪我をした人や家屋の被害も出ていて、その上、大雪も重なってしまいました。
山梨では山火事が6日目となった今日も、鎮火の目処がたっていません。
太平洋側ではほかにも火災が多発していて、群馬の山林火災はおさまったものの、
神奈川の山火事はまだおさまっていないそうです。
日本海側の雪が、そちらに降ってくれたらいいのにと思ってしまいます。
寒い中、避難している方々、被災された方々はどんなに大変でしょう。
心からお見舞い申し上げます。一日も早く日常が戻りますように。
母からたびたび聞かされた話ですが、
戦争のさなか、1943年の9月、鳥取で大地震があったそうです。
ものすごく揺れて、祖母は、当時7歳だった母を抱えて、かばうようにして、
柱につかまって立って、揺れに耐えていたそうです。
幼い娘を守ろうと必死だったのだと思います。
母は9人兄妹の末っ子。一番上の姉とは20歳離れています。二番目の姉とは10歳。
その姉は、地震で外に飛び出して、落ちてきた瓦で怪我をしました。幸い軽症でした。
母の家は、母が生まれた年に建てたので、とても頑丈だったそうで、
隣の家が倒れてきましたが、母の家に支えられ、倒壊を免れたと聞いています。
近所20軒くらいのうち、残ったのは5軒ほどだったとか。
50メートルほど離れたところには、曽祖父の家がありましたが、倒壊し、
曽祖父は大怪我をして、親戚の医者の家で三か月ほど療養しました。
母のクラスメイトは、街の真ん中に住んでいて、亡くなったそうです。
地震の発生したのはちょうど夕食時で、大火も起こり、大変な被害だったそうですが、
母の家は、夕食が早かったので助かりました。というのは、
海軍にいる兄が帰ってきており、そのために、当時のご馳走であるおはぎが夕食だった
からで、火はもう使い終わっていたとのこと。
その兄は、翌日、呉に戻るはずでしたが、地震の被害で
列車はすべて止まっています。兄は鳥取から徒歩で岡山まで行き、そこから列車に
乗ったそうです。その兄は翌年、戦死しました。(私の会うことのなかった伯父です。
会ってみたかったな、と思います。)
母の家は、風呂場が壊れ(昔のお風呂は薪で炊くお風呂で、母屋から廊下伝いに
ありいました)、隣家が倒れかかったところも修理が必要でしたので、
二か月間、庭でテント暮らしをしたと話していました。
この地震で全壊した家屋は7485棟、半壊は6158、全焼251、半焼16。
修理の順番が回ってくるもを待つことになりました。
今の時代も、避難の苦労は同じですね……。
もうすぐ、阪神・淡路大震災から31年。
戦争もそうですが、記憶を風化させないことは、とても大切に思えます。
地球全体で見ても、歴史から学ばない国家元首が多い現代では、いっそうそう感じます。
名古屋の初日の出〜2026 ― 2026年01月01日 20:07
追悼〜ロブ・ライナー監督 ― 2025年12月30日 14:07
今月14日のロブ・ライナー監督の訃報には、とてもショックを受けました。
今も信じられない思いです。奥様のミッシェルさんとともに殺害され、
容疑者として逮捕されたのは息子さん(薬物問題があり、前日、親と口論していたという
報道もありますが、本当のことはわかりません)。
そのことが二重の衝撃でした。ご夫婦や、発見した娘さんの気持ちはどんなだったか…。
映画が大好きな私にとって、ロブ・ライナー監督の作品は、心を揺さぶられたり、
笑わされたり、ほろりとさせられたり、人生がちょっと楽しくなったりで、
それは、間違いなく私という人間を形成している一部です。
子役俳優だったことから、俳優の気持ちもよくわかるのでしょう、メイキング映像や
数々のインタビュー(本人や周りの人の)からは、演じる人たちとの仲の良さが
あふれんばかりに感じられ、それが作品のクオリティに反映されていたように思います。
作品の中でもとりわけ好きで、何度も映画館に通ったのは、『スタンド・バイ・ミ―』。
少年たちのひと夏の冒険と友情に、胸がいっぱいになりました。
今では、クリス役リヴァー・フェニックスの最後のシーンに、毎回胸が締めつけられます。
(いまごろ、天国でリヴァーくんと話をしているでしょうか。)
ちょっと可笑しなファンタジー『プリンセス・ブライド・ストーリー』は、
映画館で大笑いして、やはりその後も何度も観た作品です。
公開当時はヒットしませんでしたが、欧米では、ビデオ化されてからカルト的人気を誇り、
公開30周年記念の際には、ロブ・ライナー監督や出演者たちが一同に会しました。
(当然、30周年記念のBlu-rayは持っています。)
主演のケイリー・エルウェスは後にこの映画の回想録を書き、自ら朗読もしていますが、
タイトルは、映画の彼の決め台詞 ”As You Wish" (仰せの通りに)。
Audibleを買ったのですが、抱腹絶倒。ほかの役者さんや、ロブ・ライナー監督の言葉は、
当人たちのインタビューが入っているので、いつかもう一度聴いてみようと思います。
(今、監督の声を聴くのは、ちょっと切なすぎて無理…。)
『恋人たちの予感』は少し風変わりな男女のラブコメディ。
ビリー・クリスタルとメグ・ライアンが主演ですが、どちらもどこかヘン(私も相当変な
人間なので、人のことは言えませんが)。
ノーラ・エフロンの脚本が、すごく可笑しいのです。(ビリー・クリスタルは先ほどの
『プリンセス・ブライド・ストーリー』でもへんてこりんな役で登場。)
この作品は、監督のお母様がレストランのシーンで出演して話題になりました。
お母様に出てもらうとは、なんてチャーミングな人だろうと思いました。
メイキング映像の監督の表情も、本当に愉快そうにしていて、印象に残っています。
また、社会派ドラマも多く手掛けた人でした。
『ア・フュー・グッドメン』は、ジャック・ニコルソン、トム・クルーズ、デミ・ムーア、
ケビン・ベーコン、キーファー・サザーランドという豪華なキャストで、軍の闇を扱った
法廷もの。ドキドキハラハラの展開とセリフの面白さ(とっても秀逸)で、
やっぱり何度も観ました。
ほかにも名作がたくさんありますし、俳優としても、ちょこちょこ出演しています。
クリスマスの頃に観たくなるのは、『めぐり逢えたら』。
ノーラ・エフロン脚本で、監督も彼女。主演はトム・ハンクスとメグ・ライアン。
本当にロマナチックなラブストーリー。
クリスマスは過ぎたけれど、寒い季節に、心が温まる物語です。
ノーラ・エフロンは随分前に病気で亡くなりましたが、彼女とも天国でおしゃべりに
花を咲かせているでしょうか。
監督はリベラルな人で、自由を愛し、同性愛者の権利のために戦ってもいたそうです。
奥様は俳優で写真家、プロデューサーだそうで、同じように自由を愛する人だったのでは
ないでしょうか。
今の世界にこそ、必要な人たち。本当に惜しまれます。
ご夫妻のご冥福を心からお祈りします。








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