はじめまして2018年10月26日 21:36

〈サラファーンの星〉四部作は、長い長いあいだ書き綴ってきた物語です。どきどきはらはらしながら、登場人物たちの行く末を見守ってきた者として、本には書き切れなかった創作過程のエピソードをシェアできたらと思って、ブログを始めました。
 ここでは、物語を紡いでいった過程や、現在進めているWebサイトの制作裏話、また、そもそもの始まりとなったデビュー作『ユリディケ』のことや、そのほかの短編や詩、時には子ども時代の思い出なども、お話しするかもしれません。なぜなら、どんなささいなことも、わたしを創作の道へと導いてくれたような気がするからです。たとえば、敬愛する作家トールキンとの出逢いがなければ、この物語は生まれなかったでしょう(写真はニュージーランドにホビットの映画のセットを訪ねたときの一枚です)。
 でも、まずは、簡単な自己紹介から始めるのがふさわしいですね。

 はじめまして。遠藤文子と申します。岐阜県の大垣市で生まれました。
 幼いころの家は、たんぼと広々とした草地に囲まれた一軒家でした。春になると、たんぼには、れんげの花が咲き乱れ、あたり一面、絨毯を敷きつめたように濃いピンクに染まります。そのれんげ畑の向こうには、雪を戴いた伊吹山がそびえていました。小学校の校歌に「西にそびえる伊吹山 東に長い揖斐の川」と歌われていますが、一面のれんげの花と白く輝く伊吹山は、わたしの原風景です。

 いまもそうなのですが、わたしはぼんやりしていることの多い子どもでした。風に揺れる庭の木々や、芝生の上に飛び交う蝶や、空を渡る真っ白な雲を眺めていると、すっかり心を奪われて、時間のたつのを忘れてしまうのです。
 お菓子のおまけだったでしょうか、おもちゃのダイヤモンドに太陽をあてて、虹のような光がきらきらと躍るのを見るのが好きで、角度を変えては、縁側や窓辺に、飽かずに映していたものです。祖父母の家の庭で、祖父母や犬のダンとジョーと過ごすのも好きでしたし、祖母や母の語る物語を聞くのも、本を読むのも好きでした。

 創作との出逢いは、小学校の三年のときです。先生がクラスで詩集を作ろうといいだして、生徒ひとりひとりが詩を書いたのです。中学生になると、親しくなった女の子が小説を書いていて、私もまねごとを始めました。高校一年のときには、国語の宿題に原稿用紙八十枚の小説を書く課題が出ました。書くことはいつも楽しかったです。

 けれども、大学に進学すると、運動音痴だというのに、うっかり体育会のアーチェリー部に入ってしまい、部活と授業でいっぱいいっぱいになってしまいました。それでも、心にはいつも創作への思いがあって、四年生の春に部を引退したあと、児童心理のゼミの卒論に、双子の子どもが主人公の物語を書きました。

 初めて本が世に出たのは二十代の終わり、1989年のことです。広告代理店勤務を経て執筆した作品で、理論社から刊行されました。それが、〈サラファーンの星〉四部作の二千年後の物語『ユリディケ〜時をこえた旅人たちの物語』です。『ユリディケ』を書き終えてすぐ、その前日譚にあたる〈サラファーンの星〉シリーズを書き始めましたが、第二部の途中で筆をおいていました。

 その後、詩画集『星たちの祈り』(画家きたのじゅんこさんとのコラボレーション・小学館)とコメディ『ママはシングル』(理論社)を出したあと、私的な事情で長編の創作は休んでいましたが、2007年に〈サラファーンの星〉の執筆を再開、ようやく書き終えました。

 現在は、実家の岐阜と名古屋の住まいを往復していますが、れんげ畑と雪を戴く伊吹山は、わたしの原風景で、サラファーンの物語では、丘を染めるローレアの花と、白銀に輝くウォロー山脈にそのイメージを重ねています。アーチェリー部での経験も物語に生かされています。主人公たちが馬に乗って森を駆けるのは、幼いころからの憧れです。音楽への想いも同じ。宇宙は光と闇と音楽でできているのかな、と思ったりしています。

『ユリディケ』連載のお知らせ2018年10月30日 09:55


ユリディケ表紙(1989年刊)by 宇野亜喜良先生


『ユリディケ〜時をこえた旅人たちの物語』は、〈サラファーンの星〉四部作の2000年後の世界を描いた作品です。1989年に理論社から出版されましたが、現在絶版になっていますので、読んでいただけるようネットで連載することにしました。年末か年明けにはスタートできたらと思っています。


『ユリディケ』は、暗い伝説の時代を生きた仲間たちが、長い時を経てふたたびめぐり会い、ともに試練を乗り越え成長してゆく物語です。

 書き終えたあと、主人公たちとの別れが寂しくなったこともあり、彼らがかつて生きていた2000年前の時代は、どのような時代だったのか、そのときどんなふうに出逢い、どんな青春を生きたのか、どんな喜びや悲しみがあったのか、それをもっと知りたくなりました。伝説では(つまり〈サラファーンの星〉四部作では)、ある悲劇が起こりますが、なぜそのようなことが起こったのか詳しく知りたいと思ったのです。なにか深い理由があることは、わかっていましたから。

 そうして生まれたのが〈サラファーンの星〉四部作でした。


 書き手であり最初の読み手でもあるわたしが、ひとつひとつ〈真実〉を探しながら時代をさかのぼっていったように、もしかするとこの物語は、あとの時代の話を先に読む方がよいのかもしれません。しかしながら、『ユリディケ』をもう一度出版することは、時間的にも資金的にも叶いませんでした。そこで、四部作を書き終えたら、ネットで発表しようと決心したのです。

 今そのための改稿作業を進めています。2019年はちょうど出版30周年。どなたでもお読みいただけるよう、半年か一年間、期間限定で公開して、そのあとは電子ブックという形でまとめる予定です。


 一冊で完結していますので、『ユリディケ』だけお読みいただいてもかまいません。

 そして、もしも主人公たちの前の時代のことを知りたくなったら〈サラファーンの星〉へ、という感じで。(先に書いたせいか、なぜか『ユリディケ』の方が序章のような気もしています。序章であると同時に、シリーズ全体の終章でもある、という立ち位置でしょうか。)


 ネタバレになるので詳しくは控えますが、〈サラファーンの星〉では非業の死を遂げる登場人物もいます。その部分は、わたし自身、書いていて辛かったのですが、この話は『ユリディケ』の時代、すでに伝説として語られている物語で、変えるわけにはいきませんでした。

 四部作を読んでくださった方に、彼らがふたたび活躍する物語を知っていただけたら幸いです。ちなみに、四部作を読んだあと、図書館でこのデビュー作を借りてくれた友人の感想は、「ああ、ほっとした!」でした。